海のハロワ

(2026.10.31 No.233)
10月23日に国土交通省より「全国初!地方公共団体による無料の船員職業紹介事業の実施について」という発表がありました。
https://www.mlit.go.jp/report/press/kaiji04_hh_000404.html
副題には”~地域に密着したマッチングが始まります~”とあり、自治体による積極的な船員の斡旋をアピールしています。
●社会にとって必要な人財
われわれが日常生活を送るためには、その生活基盤の仕組みを陰で支える人たちが必要です。
医療現場の人、防災に係わる人、公共交通に係わる人、などなど数えきれません。いわゆるエッシャンシャルワーカーといえる人たちです。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行した頃には、そのようなエッシャンシャルワーカーの待遇改善や再就職を考える機運が高まりました。
今、話題にしている船員もそのような人たちといえます。
国土交通省のホームページに「海事」の項目があります[1]。
船員というだけでずいぶん多くの項目があります。
よく考えると、わが国は島国であり、国の周囲をすべて海で囲まれています。それだけでなく、国内にも多数の島々が存在し,人が居住しています。それらの人々の生活を支えるのはまさしく船と船員です。
また最近、中東情勢のニュースを見ると、わが国の生活が石油タンカーの往来に支えられていることが実感されます。
●船員とは
2024年から翌年にかけて、国土交通省の「海技人材」に関する検討会[2]が開催されました。その結論が[3]に公開されています。
「海技人材」とは大型船舶に乗り組む船舶職員(船長や航海士、機関士など)を指します。国家試験をパスして、海技免許を持つことが求められます。プロとしての資格を持つ人を「海技士」とよびます。
「海技士」とその指揮、指導のもとに甲板作業や保守補助をおこなう人を含めて「船員」と呼びます。
このような「船員」はまさに島国日本の社会生活を支えるエッシャンシャルワーカーです。
[2]の検討会は多方面から船員の課題を議論しましたが、ここでは船員の雇用、求人・求職の面から拾い上げてみます。
●船員の待遇は良い
資料[4]を見ると下記の表のようになっています。
| 日本人船員数 合計 | 61,842 | |
| ・外航船員 | 2,275 | 国際貨物のほぼ100%、国際旅客の輸送 |
| ・内航船員 | 28,753 | 国内貨物の約4割、国内旅客約7,300万人の輸送 |
| ・漁業船員 | 13,709 | 漁業従事者約12万人の1割 |
| ・その他船員 | 17,105 | 海上保安庁・消防等の船や練習船など |
| 女性船員 | 1,078 | 約3% |
最近10年間は横ばいの人数で推移していますが、唯一、漁業船員は2016年以降の10年間で約3割減少しています。
資料[2]には船員の労働環境について統計データが示されています(図1)。


これを見ると、陸上の他の交通機関職種と比較して、労働時間や給与は最も恵まれているクラスにあります。
また図2には船員の求人・求職の状況が示されていて、働き口を見つけることには苦労はなさそうです。
しかしそれでも船員の人材は集めにくくなっています。
よく考えてみると、図1のような好条件でも人が集まらないということは、別の理由が隠れているように思えます。
想像するに、家から長期間離れなければならない、海難の危険性が高い、という理由だけでも今どきの若者には人気が低くなりそうです。

●船員の求人は陸上とは違う
図3は船員に対する職業紹介と、陸上の職業紹介との違いを示しています。
陸上の職業の場合は「職安法」で定められています。無料のハローワークや、民間の紹介サービスなど多様です。
一方、船員の場合は「船員職安法」という特別な法律で定められています。従来まで地方公共団体は無料の職業紹介はできないとされてきました。

●従来の国の方針
そこには船員という特殊な技術を持つ人材の斡旋を野放図にさせてはいけないという国の方針がありました。
過去の経緯を調べると、おおよそ次の3つの理由があるとされます。
(1)中間搾取の防止:船員と船会社の間に介在する仲介業者による搾取を防ぐため[5]。
(2)専門的なマッチングの確保:船員の資格・経験・職務区分を理解した紹介を行うため[6]。
(3)労働者保護と中立性の確保:紹介業者の利益ではなく、船員の雇用安定と労働条件を守るため[6]。
また地方公共団体による船員職業紹介については、
・船員の就業範囲が都道府県を越えて広域に及ぶこと、
・したがって全国的・一元的な船員確保が必要であること、
・さらに国全体の海事行政と一体的に実施する必要があること、
などを理由に、地方公共団体での斡旋を禁止してきました[7]。
●もはや公共交通が成り立たない
しかし、船員不足が深刻化し、国の窓口だけでは地域の求人・求職を十分に結び付けられないという問題が出てきました。
神奈川県からの提案を2014年には対応できない[7]としていたものを、2025年には認める方針に転換しました。
「船員法等の一部を改正する法律」によって「船員職業安定法」が改正され、地方公共団体による無料職業紹介事業が認められました。
この事業は2026年5月13日から施行されて、佐世保市、鳥羽市、長崎県がさっそく手を挙げたというのが冒頭の発表です。
隠岐航路(島根県)、鳥羽市(三重県)、壱岐・対馬航路(長崎県)などの公共交通機関では現実に減便や体制縮小が生じて、地域社会に直接的な影響が出ています。
船員の育成や雇用維持について国の基本方針は変わっていないものの、地方での船員不足がもはや無視できないほど悪化してきたための転換です。
国という全体の枠組みがしっかりしていないと、地方という部分の活動が成り立ちません。
しかし、多地点で発生する地方の問題を国が全体の問題として取り上げないと硬直化します。
全体と部分をめぐる根本的な問題です。
●フネージョ
女性の船員を「フネージョ」とよぶ国交省のプロモーション[8]がおこなわれています。人材育成のための涙ぐましい努力と思います。
医療、法曹、警察、消防を舞台にしたドラマや映画が増えていて(というか、そればっかり)、それぞれの職業イメージの向上に貢献していると思います。
しかし、船員の主人公は少ないようです。撮影に金がかかりそうだからか。■
[1] 国土交通省「海事」 https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk4_000009.html
[2] 国土交通省「海技人材の確保のあり方に関する検討会」(第1回~第8回) https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_fr1_000080.html?utm_source=chatgpt.com
特に第1回(2024年4月26日)資料2 https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001741391.pdf
[3] 国土交通省「海技人材の確保のあり方に関する検討会におけるとりまとめ」(2025/6) https://www.mlit.go.jp/common/001897793.pdf
[4] 総務省第155回人口・社会統計部会(2026年10月1日)参考1 船員の現状等(国土交通省) https://www.soumu.go.jp/main_content/001094473.pdf
[5] 第2回国会・衆議院運輸及び交通委員会(1948年6月22日)会議録 002・岡田勢一運輸大臣説明 https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=100203889X02219480622&utm_source=chatgpt.com
[6] 第159回国会・衆議院国土交通委員会(2004年5月26日)会議録 149・鷲頭政府参考人答弁 https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=115904319X02420040526&spkNum=58&utm_source=chatgpt.com#s58
[7] 平成26年地方分権改革に関する提案募集・国土交通省最終的な調整結果No.512(2015年1月30日閣議決定) https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/doc/tb_26_kohyou4_14_mlit.pdf
[8] 国土交通省『輝け!フネージョ★』プロジェクトhttps://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk5_000060.html
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