隣は何をする人ぞ

(2026.09.22 No.224)
警察庁は9月18日に「北朝鮮サイバー攻撃グループ「WaterPlum」(ウォータープラム)及び北朝鮮IT労働者に関する我が国、米国、豪州及びドイツによるパブリック・アトリビューションについて」という発表をおこないました。
https://www.npa.go.jp/news/release/2026/20260918001.html
同日午後の内閣官房長官会見でもこの件について報告がおこなわれ、記者との質疑応答がありました。
https://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/202609/18_p.html
●パブリック・アトリビューションとは
パブリック・アトリビューションについては、以前のブログ(2025.01.12)でも取り上げた通りで、
政府や法執行機関が、サイバー攻撃の実行者やその背後にいる国家・組織を公的に名指しして特定・非難し、被害の抑止やけん制を図る政治的・外交的取り組み
のことです。
●今回の発表骨子
(捜査対象)
・北朝鮮サイバー攻撃グループ「WaterPlum」(関連名称:Contagious Interview)
(明らかになったこと)
・北朝鮮朝鮮労働党(WPK)中央委員会軍需工業部313総局の指揮
・WaterPlumの具体的な攻撃手口
・北朝鮮IT労働者による外貨獲得活動及び採用応募活動の実態
(発表した政府機関)
・国家サイバー統括室(NCO)
・米国連邦捜査局(FBI)、米国国防総省サイバー犯罪センター(DC3)
・豪州通信情報局(ASD)豪州サイバーセキュリティセンター(ACSC)
・ドイツ連邦情報庁(BND)及びドイツ連邦憲法擁護庁(BfV)
(捜査・分析)
・警察庁関東管区警察局サイバー特別捜査部及び関係都道府県警察
(協力)
・民間事業者からの情報提供

●現状の被害
わが国を含む100以上の国と地域において、
・3万台以上とみられる端末に対しマルウェアを感染
・7千件以上の暗号資産ウォレット情報を窃取
・暗号資産ウォレットに少なくとも約17億円相当の暗号資産を送金
・国内の支援者(Domestic Enabler)が「ラップトップ・ファーム」(支援者の居宅内に設置された遠隔操作可能なPC)を設置
・WaterPlum の一部メンバーは、日本や米国の企業で専門的なIT業務やウェブシステム設計・開発の仕事に就くことに成功
●珍しくない話
今回の仰々しい発表は大規模な摘発があったので目立ちますが、以前より北朝鮮の活動は話題になっていました[2]。
この他、中国やロシアのサイバー攻撃は日常茶飯事の事柄になっています。
いいかえれば今回のパブリック・アトリビューションは目新しい内容ではないということです。
●「雇う」側に
ただ具体的な攻撃手口を読むと、少し傾向が変わった印象があります[3]。
第一に、フリーランスやサブワーカーを標的にしている点です。
まずIT開発を表看板にして開発者を募集し、教育訓練を口実にしてマルウェアを受託者のパソコンにダウンロードさせます。そのようにして侵入経路を確保した後、受託者の個人情報や勤務先企業の情報を盗むという手口です。
仕事を求める側の心理をうまく利用して、自然に取り入ることを目論んでいます。
●「なりすまし」で契約
第二は、国内にいる支援者が契約の当事者になって、実際の作業は北朝鮮の開発者がおこなう手口です。支援者の身分証明書画像を悪用し、なりすましをおこないます。
このような場合は発注者側からは北朝鮮が関わっていることは見抜けません。
また画面越しの面談でもAI画像を利用して顔をごまかす、あるいは見せないといったやり方も使っているようです。
●採用面談での「不審さ」
以下、実例です。
暗号資産取引事業者「bitFlyer」(ビットフライヤー)社のエンジニア職への採用応募がありました。
不審に思った事業者は結果としてこの応募者を採用しなかったそうです。
この事業者の協力により、面談の様子が具体的に伝えられています。
・応募は他人のなりすましで、Gmail経由で連絡
・職務経歴書には保持スキルが多種多様で、欧州の大学を卒業後、世界各地で就職したという
・それにしては面談時の英会話力は高くなかった
・経験スキルに関する質問には抽象的な返答に終始した
・日本への引っ越し(出社)は拒否、あるいは半年先ならと返答
・暗号資産での給与支払にこだわる
・しきりに別モニターを確認し、画面内容を読み上げているような様子もあった
・ときおり背後で他人の話し声が聞こえる
●隣は何を
すでに”国内の支援者”が多数存在することを想定しておくことが必要です。
このような支援者の存在は海外からのサイバー攻撃を隠蔽し、国内からの安全なアクセスを装うことを容易にします。
思想・信条とは無関係に、金銭報酬欲しさに安易な気持ちで支援者になる人間もいることでしょう。”トクリュウ”がはびこるのと同じ温床です。
あなたの隣に住んでいる人が支援者であった、ということもあり得ます。
セキュリティ上、まことにやっかいな時代です。
「秋深き隣は何をする人ぞ」(松尾芭蕉)
芭蕉が亡くなる2週間前の句で、生活の暖かみと寂しさが同時に感じられる名句です。
しかしサイバー空間でこの句を読むと、人への警戒感ばかりが強調されてしまう悲しさがあります。■
[1] サイバー警察局便りR8Vol.17「北朝鮮サイバー攻撃グループによる被害防止のお願い」https://www.npa.go.jp/bureau/cyber/pdf/R8_Vol.17cpal.pdf
[2] 山崎文明「日本企業のシステム開発外注に潜む北朝鮮工作員の影」(2022年5月27日)、Wedge ONLINE https://wedge.ismedia.jp/articles/-/26762
[3] 警察庁発表資料(2026年9月18日) https://www.npa.go.jp/bureau/cyber/pdf/20260918_j.pdf
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