母子手帳

(2026.08.15 No.215)
8月7日にこども家庭庁は母子保健DXに関する取組を掲載しました。
https://www.cfa.go.jp/policies/boshihoken/dx

この母子保健DXは単に母子健康手帳を電子化する話ではなく、
 妊産婦・乳幼児、医療機関、自治体の間で母子保健情報をPMH(Public Medical Hub)によって連携させる
という大きな構想です。

●世界トップクラスの乳児生存率
現在、わが国の乳児死亡率は下図のように2人/1,000人という低さで、世界的トップクラスです(OECD全体では4人/1,000人)。

したがって、もはや乳児の死亡率を全体として下げることよりも、死亡には至らなかったが健康リスクを抱える乳児を個々に追跡する仕組みが求められているというわけです。

図1. 日本の乳児死亡率の長期推移([1]を元に筆者作成)

●母子保健DXのポイント
母子保健DXは母子保健政策を支えるデータ基盤として期待されています。

図2. 母子保健DXのイメージ([2]より引用)

スマートフォンで問診票を入力し、健診結果を確認できるほか、里帰り先と居住地の自治体間でも情報を共有することが想定されています。

この実証実験に参加している自治体は今のところ10市ですが、こども家庭庁は本格的に全国展開をはかる計画です[2]。

デジタル化によるメリットは[3]に示されているように、住民側(妊産婦など)と行政側(保健師や役所)の双方にあります。

●妊産婦にとっての利点
・スマートフォンから問診票を事前入力でき、健診結果もスマートフォン等で確認できる
・里帰り出産では、自治体間の情報連携によって従来の煩雑な手続が減る
・過去の健診情報を紛失しにくくなる

スマートフォンやマイナンバーカードを持っている家庭にとってはたいへん便利になります。

●行政側にとっての利点
・これまで自治体ごとに分散していた母子保健情報を、標準化されたデータとして統合できる
・全国の健診情報を統合できれば、地域差や政策効果を分析しやすくなり、将来の母子保健政策の立案に活用できる
・健診を受けていない乳児を自治体が迅速に把握し、受診勧奨や支援につなげやすくなる
・自治体の受診勧奨や健診結果の入力・管理などの事務を減らせるため、行政職員の負荷が減る

つまり健診サービスの質向上とともに行政コストを減らすこともできます。

●デメリットはないか
問題は次の3点にまとめられると思います。
・この母子保健DXの基盤システムを開発・維持・発展させ続けるための継続的な投資が必要
・サイバー攻撃や情報漏洩への対策を含めたセキュリティコストがかかる
・スマートフォンやマイナンバーカードを持たない/持てない家庭が取り残されないようにする
これらは母子保健DXに限らず、行政のデジタル化推進においては忘れてはならないことがらです。

●もっと拡大していく
せっかく母子保健が全国標準化されるのであれば、もっと長い期間もサポートできる気がします。
小学校、中学校までは学校健診がおこなわれて、個人の健康や成長の状況を測ることができます。

京都大学医学部のプロジェクト[4]では、
・従来は個別の自治体や学校で保管され、一定期間で破棄されることも多かった学校健診情報を、デジタル化・データベース化し、
・母子保健情報やレセプト(診療報酬明細書)などのリアルワールドデータと組み合わせ、人生の健康の歴史を縦断的に分析する
「学校健診情報(SHR)」という基盤作りを試みています。
この基盤によって、子どもの頃の健康状態と将来の生活習慣病などの関連を解明し、効果的な予防法や新たなヘルスケア施策を打ち立てようとするものです。
すでに十年以上の活動成果として150の自治体がこの基盤に参加するようになりました。

この基盤は今回の母子保健DXの構想とも親和性が高いでしょうから、今後の展開を期待したいと思います。

●母子手帳という存在
1948年から利用されている母子手帳(正式には母子健康手帳)という仕組みは日本独自のものですが、それがアジアやアフリカの諸国にも導入されてさまざまな形で存在するそうです。

日本では、
・行政の記録
・医療・保健の記録
・親の記録
・子どもの成長記録
などを母子手帳一冊にまとめて、母親が保管します。
つまり紙の冊子が家族の記憶媒体でもあるという特徴を持ちます。

「母子手帳」という名称には、母親と子のつながりの絶対的な強さと、少し脇にいる父親の影の薄さを印象付けます。
自治体によっては「父子手帳」も発行しているようですが、全国の自治体の約2割程度にすぎません[5]。また「親子手帳」などへの改称も発案されましたが、半数以上が現状のままを希望しています。
それだけ根付いた名称といえるでしょう。

戦後ずっと使われてきてなじみ深く、また家族の記憶を呼び戻すという母子手帳ですが、デジタル化が迫ってきました。
亡母の遺品の中にあった古い母子手帳の文字を見て、子が涙するといった光景は、残念ながらもう見られなくなります。■

[1] 厚生労働省「人口動態統計月報(概数)」(2026年6月3日) https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/m2025/dl/toukeihyo_12.pdf?utm_source=chatgpt.com
[2] こども家庭庁 令和8年8月7日母子保健DXに係る自治体説明(資料) https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5d85eec1-a98c-4951-951d-83c84964b601/780a8288/20260805_policies_boshihoken_dx_02.pdf
[3] 母子保健デジタル健診の概要掲載 https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5d85eec1-a98c-4951-951d-83c84964b601/2b517c69/20260805_policies_boshihoken_dx_01.pdf
[4] 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康解析学講座 https://kupe.med.kyoto-u.ac.jp/research.html?utm_source=chatgpt.com
[5] 厚生労働省 第4回母子健康手帳等に関する意見を聴く会 議事概要 https://warp.ndl.go.jp/web/20260801000000/https://www.mhlw.go.jp/content/000867757.pdf (国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP))

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