虹のかなたに

(2025.02.16)
2025年1月27日に「性的指向・ジェンダーアイデンティティ理解増進連絡会議(第9回)」が開催されました。
https://www8.cao.go.jp/rikaizoshin/meeting/k_9/index.html

この性的指向・ジェンダーアイデンティティ理解増進連絡会議[1]という組織は、2023年6月に施行された法律[2]に規定されたもので、2023年から定期的に開催されています。法律の概要は[3]にまとめられています。

●理解を進めること
要するにこの法律は「性的指向」と「ジェンダーアイデンティティ」について、国民の理解をはかろうとするものです。言葉自体がまだ浸透しているとは言えないので、まず定義から書いてみます。
・「性的指向」(Sexual Orientation:SO)とは”恋愛感情又は性的感情の対象となる性別についての指向”を指します。要は他者にどういう恋愛感情を抱くかの特性です。
・「ジェンダーアイデンティティ」(Gender Identity:GI)とは”自己の属する性別についての認識に関するその同一性の有無又は程度に係る意識”を指すので、自分自身をどう見ているかの特性です。

この二つを合わせて"SOGI"と表記されることも増えました。
またLGBT、LGBTQなどの表記も使われています(注)。

(注)LGBT: Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, さらにQueer.

●解釈のしかた
筆者なりにこれらの言葉を解釈して、図に表現してみました。2軸で表現すれば、この問題の拡がりが理解できるでしょう。
従来の考え方では、世の中には「男」と「女」の2種類の人間がいて、男から女へ/女から男へ、という恋愛感情の指向があるとしていました。図の点線枠の領域です。
しかし中間的な値を認めるならば、GIが「男0.7、女0.3」という個人が、SO「男0.2、女0.8」の指向を持つといったこともあり得ます。下世話な書き方をすると、3割ほど女性っぽい男性が、ちょっと男性っぽい女性を好む、という表現になります。
単純な2値の世界ではなく、連続体の面の議論となるので、むしろグラデーションという表現がわかりやすいでしょう[4]。
図式の上で表現するとこのような形になりますが、はたして現実の社会ではどうなるのか。
もっとややこしいことに、第3軸として”出生時の性別”を用意しないと、MTFやFTM(注)の人たちが位置づけられないという状況もあります。
[4]によると、日本において典型的な「男」と「女」という枠におさまらない人々は約3~10%と言われています。

(注)MTF:Male to Female(男性として出生して、GIが女性)、MTM:Female to Male(女性として出生して、GIが男性)

図1. SOとGIの解釈

●いろいろな見方
2023年から定期的に開催されているこの連絡会議では、いろいろな分野の専門家から報告がおこなわれています。それらを読むだけでも、世の中の様子をうかがい知ることができそうです。
これまでの連絡会議の資料・議事録は[1]のサイトから読むことができます。

●生きづらさの現状
第3回では日高庸晴氏(宝塚大学教授)から2016年から3年おきに実施している調査結果が報告されました。それによると、当事者の約7割が職場や学校で差別的な発言を見聞きしたと回答しています。十代になるとさらに85%にのぼったそうです。
敏感な思春期の当事者の生きづらさがわかります。

●統計データが示すもの
第4回では釜野さおり氏(国立社会保障・人口問題研究所)による2015年、19年、23年の調査結果が報告されました。これらの経年調査では、性的マイノリティに対するさまざまな”否定的回答”は年々減少していること、女性よりも男性の回答、若年者よりも高齢者の回答に否定的回答の割合が高いという傾向が見られました。
これを見るかぎり、時代とともにSOGIへの理解度が高まっているようです。
またSOGIによる経済的格差を調べた珍しい調査結果も出され、通常(異性愛者)を100としたとき、SOGIの人は73.8%の収入しかないことも示されました。

●精神医療の視点
第5回では精神科医の針間克己氏が精神医学の観点から解説をされました。20世紀半ばになるまでは、欧米や日本では同性愛者に否定的で異常者、犯罪者扱いをされていました(注)。
その後、1960年代に精神障害の扱いが疑問視され、1994年には世界保健機構(WHO)の精神疾患の分類から外されました。
しかし性同一性障害の治療はなお必要とされています。医学の面でもまださまざまな議論が継続しているようです。

(注)オスカー・ワイルド、アラン・チューリングといった歴史的に著名な人物が同性愛を理由に逮捕されたという事実があります。

●心理カウンセリングの視点
第6回では佐々木掌子氏(明治大学准教授)が教育現場での心理カウセリングの説明をされました。思春期の子供にどのような支援をおこなうかを述べられています。ただ、現実には”個別対応”しかなさそうです。
最後に職場・地域での対応について、
”不必要な男女二分法と異性愛主義があるか否かの洗い出し(現行の慣習や不文律に「教育的意味はあるのか」「人権をまもれているか」等といった視点から問い直す)”
ということを強調されているのが印象的です。

●裁判の事例
第8回には弁護士の石橋達成氏がこれまでのLGBTに関する裁判例を紹介されました。ここでは次の事例が説明されました。
・府中青年の家事件(1990年)….同性愛者の同室利用拒否
・一橋ロースクール事件(2015年)….アウティングによる自殺
・経済産業省事件(2010年)….トランスジェンダーのトイレ利用
・性同一性障害者解雇事件(2002年)….服装規定違反による解雇
・淀川交通(仮処分)事件(2020年)….化粧によるタクシー乗務拒否
これらの判例から、裁判所では特に抽象的あるいは漠然とした危惧のみでは不利益取扱いを正当とは判断しない傾向が見られることに注意をうながしています。

●自治体の現場
第9回のゲストである鈴木秀洋氏(日本大学教授)からは、自治体における理解増進施策の現状が報告されました。
人権・ジェンダー施策推進に対して、自治体によってはア)従前通りの取組み、イ)推進が鈍化、ウ)国の進捗を注視、という3パターンの姿勢が見られるとのことです。
自治体の市民窓口はまさしく人権問題の最前線といえます。その職員に対する研修を充実させることが大事ですが、抽象論で終わっていることも多いようです。
たとえば上記の裁判事例などが発生した場合に、自治体職員はどう判断・行動すべきか、悩むことになります。

●現場の困りごと
2003年に施行された「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」は、性転換にまつわる不利益を解消することを目的として議員立法されたものです。しかし2023年10月に最高裁において、法律の中の生殖機能要件が”違憲”、外観要件は高裁差し戻しの判断がなされました。要するに性別を機能や見かけで判断してはいけないということになりました。

世の中の常識、風習、そして戸籍はじめ法律では「男」と「女」という2つの性別しか想定していません。
上の最高裁判断は本人の性自認がすべてに優先するとしました。
しかし性別が外観ではなく、本人しかわからない、となるととたんに社会的にややこしい事態が生じます。
理念的には最高裁判断は正しいのでしょうが、具体的な方策は社会(国民)に丸投げされました。
個人の内面をどのように推し量るのか、それは安定した尺度か、国民一人一人が考えなければなりません。

●マネージャーの悩み
おそらく今、一番困った立場に立たされているのは、現場組織の管理をしているマネージャーではないかと思います。ルールや常識に則った組織運営をしてきたところに、そこから外れた事例が出現すると判断に困るわけです。参照すべき先例もほとんどありません。

先に挙げた経済産業省のトイレ問題の例では、省の秘書課は職員全体と当事者とのバランスについて相応な配慮をしたと思いますが、最高裁では対応が不十分で違法と判断されました。さらに問題になったのは、事態が進展しないことに業を煮やした上司のハラスメント発言でした。

これからも同様な事案がいろいろな現場で生じることでしょう。
難しい判断が求められるでしょうが、それでも手探りで”良識”が少しずつ蓄積されてゆき、社会全体で”誰一人取り残されない”[5]ようになっていくことが望ましいと思います。

●日本の歴史
歴史的にみると、日本人は同性愛には比較的、鷹揚な対応をしてきたのではないかと思います。陰の文化として溶け込んでいるとも言えます。
しかし現在では「SO」と「GI」の2軸で考えなければいけないほど、話が拡大しています。もう一度、SOGIの視点に立って、社会の構造を見直す時期になってきたのではないかと思います。

●虹の彼方に
名曲"Over the Rainbow"が映画「オズの魔法使」(1939年)の中で唄われて、もう85年が経ちました。この映画の故郷である米国では、トランプ大統領の就任とともに雪崩を打って反DEI(注)に傾きつつあります。虹が少し遠のいたように見えます。■

(注)Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の頭文字

[1] 内閣府 性的指向・ジェンダーアイデンティティ理解増進連絡会議
https://www8.cao.go.jp/rikaizoshin/meeting/index.html#kaigi
[2] 「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」 https://www8.cao.go.jp/rikaizoshin/index.html
[3] 概要 https://www8.cao.go.jp/rikaizoshin/law/pdf/gaiyo.pdf
[4] 東京レインボープライド https://tokyorainbowpride.org/learn/lgbtq/
[5] "No one will be left behind." SDGsの基本的な考え方。 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

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