経済学者が結婚を語る

(2025.03.23)
年度末になると省庁のニュースは増えてきます。
いろいろな仕事の締めくくりが年度末の3月にあること、また新しい仕事が4月に始まること、から3月・4月に発表が多くなります。
今回はそのような慌ただしい動きから少し距離を置いて、日本にとって重要かつ面白い話を拾ってきました。
経済社会総合研究所(ESRI)の季刊誌「経済分析」第211号(2025年12月)に「結婚行動の経済分析」という特集が掲載されました[1]。
結婚というきわめて個人的、内面的な領域と、経済学という数式に満ちた堅苦しい領域がどのように接触しているのか、たいへん興味が沸きます。
●そもそも
経済社会総合研究所(ESRI)は、内閣府のシンクタンクとして、国民経済計算や景気統計の作成・公表、マクロ経済、経済統計等を中心とした政策の裏付けとなる理論的・実証的研究に取り組んでいます[2]。
よく聞く「国内総生産(GDP)」も実は「国民経済計算(SNA)」の一部です。SNAはGDP(フロー)だけでなく、ストック(国全体の資産・負債)や資産・負債の変動までを網羅する包括的なデータです。
そのSNAは経済社会総合研究所(ESRI)が四半期ごとにGDP速報の形で発表しています。
このように経済社会総合研究所(ESRI)はわが国の経済の基本データを整備する仕事を担っています。
昔の経済企画庁と言うほうがなじみがあるかもしれません。
●経済学者が結婚を語る
わが国が直面している最も大きな課題は「少子化」です。
戦後、人口増加とともに巨大化した経済が、人口減少とともに規模を維持できず、いろいろな箇所で不具合が現れています。
その「少子化」の根本原因が「結婚問題」にあるとESRIの研究者たちはにらんでいます。
”社会問題を解決するための経済学の手法を、結婚問題に適用する余地は大きい。これは結婚行動とは、一般の経済活動と同様な「制約条件付きの最大化問題」と考えられるためである。”[3]
もう少し経済学の言葉を使うと、
”すなわち、結婚とは、男女が自らの所得や財産等の経済的要因と、容姿や魅力という非経済的な要因を合わせた「制約条件」の下で、もっとも望ましい配偶者を求める「最大化行動」である。”[3]
となります。
せんじつめると、結婚というものを市場での商取引と同じように考えるということです。
結婚を経済学の視点から考察したのはシカゴ大学のGary Beckerとされます。彼は経済学を幅広く人間行動や社会問題に適用した功績で有名で、1992年にノーベル経済学賞を受けています。
Becker曰く、
結婚行動は個人が「幸福(well-being)」を最大化してくれる配偶者を見つけ、独身でいる以上のメリットがあること、さらに結婚市場の均衡とは、その構成員の誰もが、互いの配偶者を変えても高まらない、「パレート最適」の状況をいう
・・・・そうです。
要するに、
<結婚の必要条件>
結婚により得られる夫婦の総生産 > 独身男性の最大生産量+独身女性の最大生産量
「ひとり口は食えぬがふたり口は食える」
ということわざを式で表したものです。
●2万人のアンケート調査
机上の空論にならないように、ESRIが2024年3月に実施した「「少子化・女性活躍の経済学研究」に向けたアンケート調査」を基礎データとしてさまざまな角度から分析をおこないました。
このアンケート調査では全国の25歳~49歳の独身者男女及び既婚者男女を対象として、現実の都道府県別・男女別・年齢別の住民構成に近くなるようにサンプリングして、最終的には独身者1万人、既婚者1万人の回答を集めました。
この回答数はかなり大規模な部類に入ります。
●さまざまな切り口の論文
このアンケート調査の結果を以下のように総論含めて10本の論文にまとめたのが今回の「経済分析」誌です。
(総論)「結婚行動の経済分析」
(1)「「少子化・女性活躍の経済学研究」に向けたアンケート調査について」
(2)「現実的な配偶者の決定要因~結婚候補者の存在確率に関する定量的評価~」
(3)「独身者への結婚支援策に関するコンジョイント分析」
(4)「既婚者の結婚決定要因に関するコンジョイント分析」
(5)「夫婦間の学歴の非対称性が結婚行動に及ぼす影響」
(6)「結婚前同棲関係が結婚行動に及ぼす影響の経済分析」
(7)「職場の両立支援・子育て支援が結婚行動に与える影響」
(8)「将来の所得や雇用の不確実性が結婚の意思決定に与える影響」
(9)「行動経済学的要因が日本人の結婚行動に及ぼす影響」
それぞれじっくり読むのにふさわしい充実した論文ですが、政策へのヒントとしては(総論)に手際よくまとめられています。
●根本原因は「非婚化」
わが国に限らず、世界の先進国ではいずれも少子化が進行しています。少なく産んで大事に育てる、という考え方が定着しているためです。
もう少し、わが国の状況を調べてみると、合計特殊出生率※は1.15で、9年連続で低下しています。
※15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計した指標。「1人の女性が生涯に産む子どもの数」の平均に相当。
一方、結婚した夫婦の出生率は1.90を保っており(つまり結婚した夫婦からは2人近くの子供が生まれている)、「静止人口」を達成するための合計特殊出生率の2.06にそれほど遠いわけではありません。
わが国の場合、非婚外子は2%程度ときわめて低い[4]という社会的背景があるため、子供の出生には結婚がほぼ前提となっています。
2つの出生率の大きな差から言えることは、わが国の少子化の原因は「非婚化」にあるということです。

●ピント外れの政策
つまりこれまで政府が重視してきた子育て家族への児童手当等の支援は、家計支援の意義はあるものの、少子化対策としては効果が薄いということになります。
●調査から得られた示唆
この論文集から導かれる政策的な意味として次が挙げられています。
1.結婚に関してマッチング情報が不足しているので、それを補う情報システムが必要である。
2.独身者への結婚支援策として、住宅費への支援策が効果的である。
3.職場環境について、育児休業制度は結婚促進効果が確認された反面、フレックスタイムや在宅勤務は若年独身層への結婚支援策としては負の効果が見られた。働き方改革と結婚支援策は総合的にとらえる必要がある。
4.結婚前の一時的同棲に対して、婚姻に準じた地位を与え、社会的な認知を図ることが結婚促進につながる可能性がある。
5.将来の雇用や所得の不確実性が結婚に負の影響を与えていることは明白。経済活性化支援策が不可欠である。
●エビデンスに基づく政策立案(EBPM)
やはりこれくらいの大規模な調査を実施しないと、社会の実情はわからないということがあらためて認識されました。
机上でなんとなくそうではないかと推測するのと、実際に2万人の声を聞いたのとでは、政策提言する際の迫力に大きな違いがあります。
十分な規模のデータにもとづいて、綿密な分析と提言を、タイムリーに出していく、というEBPMの流れが、わが国の行政に定着することを期待します。■

[1] 内閣府経済社会総合研究所『経済分析』第211号(2025年12月) https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/bun/bun211/bun211.html
[2] 経済社会総合研究所とは https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/about/main.html
[3] 八代、鈴木「結婚行動の経済分析」 https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/bun/bun211/bun211a.pdf
[4] 内閣府 令和5年度年次経済財政報告 コラム2-1 https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je23/h07_cz0201.html
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