香り or 匂い

(2026.09.11 No.221)
うなぎ屋の隣に住むケチな男が匂いだけで飯を食うという落語があります。
空腹時にうなぎ屋や焼き肉屋の前を通ると、その気持ちが十分実感されます。
●におい対策
しかし、実際に隣家に住むとなるとそうはゆかないでしょう。
人間の嗅覚というのはけっこう敏感のようで、ずっと強い刺激にさらされ続けていると体調不調になったりします。
このように住環境の中のにおいは重大問題となります。
この問題に関連した話題として、環境省は9月7日に「令和8年度第1回嗅覚測定法検討会」を開催しました。
https://www.env.go.jp/air/noise/wpg/conf_method/2839_00002.html
環境省の調査では、悪臭に係わる苦情件数は年間約11,000件(2024年度)となっています[1]。平成半ばの頃に比較すると大幅に減少していますが、それでもこれだけの件数が出ています。


●悪臭防止法
生活環境におけるにおいについては「悪臭防止法」(1971年公布)という法律によって規制されています。
規制は都道府県知事がおこなうことになっています。
この防止法は工場その他の事業場における”事業活動”を対象にします。
規制するのは次の二つです[2]。
・「特定悪臭物質」:アンモニア、その他の臭いの発生源として定められた物質(22種類)の濃度
・「臭気指数」:人間の嗅覚を使って測定された悪臭の程度
●なぜ人間の感覚に頼るのか
「臭気指数」はにおいのついた気体を無臭の空気で何倍に薄めたら感じなくなるか(希釈倍数)をもとに数値を算出します。
これは専門家の嗅覚によって直接測定します。
機械による測定が客観性、公平性の上では妥当な気がしますが、悪臭に関しては「人間」がおこないます。
なぜでしょうか。
理由はいくつかあるようです。
・複合した臭い....工場、飲食店からの悪臭はいろいろな臭気が混じり合っていて、人間はそのような複合臭も一つの悪臭としてとらえますが、機械測定では分離できません。
・相乗効果....個々にはレベルが低い臭いでも、複数が混じると強烈な臭いになることがあります。
そのため、機械によっては測定できない微量の臭いでも、人の鋭敏な嗅覚にとっては悪臭と感じる可能性があります。
要するに”人の嗅覚が敏感すぎる”ことが背景にあります。
そのような敏感な住民の苦情に直接対応するためには、機械ではなく、人による測定が必要となるわけです。

●だから国家資格が必要
規制する上で測定が不安定になったりしては困ります。
「嗅覚測定法」は、日本の公定法として、環境省によりその測定方法が定められています。
個人の「鼻の良さ」によるバラつきを防ぐため、パネルと呼ばれる健康な一般人5~6人以上でテストを行い、統計的に正しい「臭気指数」が算出される仕組み(三点比較式におい袋法)をとって、公平性を保っています。
以上の一連の測定は「臭気判定士」という国家資格を持った専門家の指導によって実施されます。

●環境省方式の難しさ
環境省は「臭気指数規制」の導入促進を図っていますが、全国の市町村数での導入割合は28%(2024年度末時点)にとどまっています。
その理由として図2のようにさまざまな課題が挙げられています。

●課題1:人員を確保できない
現在の方法では、パネル6人、オペレーター1人、補助者1人の計8人を必要とします。
人手不足が進む中で、この人数を確保すること自体が難しい情勢です。また測定用におい袋を何組も用意しなければならないなど、オペレーターの作業負担も多いとされています。
●課題2:時代による変化
公害問題が注目されていた昭和の時代には、工場の高い煙突から排出される煙が主な悪臭対象でした。
しかし飲食店からの排煙など低位置・近距離での排出に対しては、高所で拡散される工場の煙突と同じ基準で考えにくいという状況もあります。
また測定に参加するパネルが高齢化しているため、50年前に若年層の感度に合わせた検査用試液が今も有効か再確認が必要とのことです。年齢が”鼻の感度”に影響をおよぼす可能性があります。
●課題3:嗅覚測定法自体の環境問題
一件の測定には54~108 個程度のにおい袋(ポリエステルフィルム製)を消費します。
他ならぬ環境庁が推進しているプラスチック資源循環促進法に照らして、この削減が求められています。
皮肉な話です。
今回の嗅覚測定法検討会では、上記のさまざまな課題が議論されて、秋には修正案に対するパブリックコメントを集める予定になっています。
●悪臭が消えた世界
気づいてみれば、悪臭を排出していた工場は廃業し、商店街からうなぎ屋も焼き肉屋も消え、においにクレームを付ける住人すらいなくなるといった、地方都市の荒涼とした風景が現れるかもしれません。
悪臭問題が解消するということがそういう意味であるならば、ずいぶんと寂しい話になります。■
[1] 令和8年度第1回嗅覚測定法検討会(2026年9月7日)資料2 検討の背景及び課題 https://www.env.go.jp/content/000427807.pdf
[2] 環境省 悪臭防止法の概要 https://www.env.go.jp/air/akushu/low-gaiyo.html
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