天災は忘れる前にくる
(2023.03.30)
「天災は忘れた頃にやってくる」という名言は寺田寅彦によるものと言われていますが、どうも出典がはっきりしません。「天災と国防」(1934年)の中に、
「・・・そして平生からそれに対する防禦策を講じなければならないはずであるのに、それが一向に出来ていないのはどういう訳であるか。その主なる原因は、畢竟(ひっきょう)そういう天災が極めて稀にしか起らないで、ちょうど人間が前車の顛覆(てんぷく)を忘れた頃にそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。」
という一文があり、だいたい同じ意味ですので、これが伝わったのではないかと思われます。
寺田寅彦がこの文章を書いたのは関東大震災(1923年)の後ですが、世の中ではそろそろ悲惨な記憶が薄れつつあったようです。令和を生きる我々にとって、12年前の東日本大震災の記憶はどうなっているでしょうか。
それにしても最近の気象による災害の大きさや頻度は注意が必要でしょう。一昔前の、優雅な”夕立”は、今や”ゲリラ雷雨”に変わってしまいました。雨が少し長く続くと、水害につながる恐れが高まります。
「天災は忘れる前にくる」と言いかえたほうが現実にあっています。
●気候関連情報の開示
TCFD(※1)は、財務に影響のある気候関連情報の開示を推奨する報告書(TCFD提言)を2017年6月に公表しました。さらに、2022年4月に発足したプライム市場の上場企業に対しては、このTCFD提言に基づき情報開示が求められています。
以前であれば、このような気候に関連する情報は企業にとっては縁遠いものだったかもしれませんが、最近の地球温暖化によるものと思われる異常な気候によって、企業も大損害を出しています。
このことは企業に投資している投資家にとっても重大関心事です。
●災害の記憶
記憶に残るのは2011年のタイの大洪水で、自動車、電気機器などの日系の工場が軒並み操業停止に追い込まれました。日本国内でも、2019年の台風19号によって堤防決壊が起こり、北陸新幹線の車両基地が水没した光景は忘れられません。この年の水害被害総額は2兆1500億円に至りました。北陸新幹線も完全復旧まで1年近くかかりました。
台風、地震など自然災害は、もはや企業にとって大きなリスクになったことは、明らかです。
投資家や株主は、投資先の企業が災害に対してどのくらいの準備をしているか、また損害のリスクをどのくらい見積もっているか、知りたいはずです。
●水害への対応
3月29日に、国交省は「TCFD提言における物理的リスク評価の手引き」を公表しました(※2)。
これは自然災害の中でも、特に水害に注目して、そのリスクの把握から開示方法、損失金額の算出方法、事業の継続検討まで解説したものです。
この手引きに沿って評価することによって、自社の水害リスクの評価結果を報告書に記載しやすくなるわけです。手引きの狙いとして、次の読者を想定しています。
・洪水リスクの評価・開示に取り組んでいる企業の財務情報開示の担当者等を対象に、専門的な知見が必要となるリスク評価手法について、具体的な手順や評価の考え方等を示し解説する
・既に洪水リスクを開示しており、今後、さらなる開示の質と量の充実を図る企業の担当者も対象にしている
・投資家等が、企業の開示レポートの物理的リスク評価の結果等について理解を深めるための参考となることを期待している
おそらく、水害に限らず、他の災害に対しても同様な考え方でリスク評価をおこなうことも可能ではないかと感じます。しかし、個々の企業の力だけでは手法開発は難しいでしょうし、企業を比較するためにも、標準的な方法を使う必要があるでしょう。そういう場合に、国が有識者などの意見を得て、標準的な評価手法を開発し、公開することが望ましい気がします。むしろ、日本という国全体が、世界から品定めされていると考えたほうがよいのではないでしょうか。
あらためて、企業の課題という以上に、国が災害リスクをどう評価するのかが重要ではないかと感じます。■
※1 G20財務大臣・中央銀行総裁からの要請に基づき金融安定理事会(FSB)により設置された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)
※2 企業の実務担当者向けの「TCFD 提言における物理的リスク評価の手引き」を公表 https://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo01_hh_000028.html