しょうゆの香り
(2023.03.28)
海外から帰国して、成田空港に降り立つと、”しょうゆの香り”が出迎えてくれる、と誰かが書いていた記憶があります。どうも日本人自体の体臭もしょうゆ臭らしい。
たしかにわれわれの日常の食生活の中で、しょうゆを使わない料理はほとんどないでしょう。鮨はもとより、すき焼き、うなぎの蒲焼、焼鳥などから煮物にいたるまで、しょうゆを無くしたら、どういう失望感が来ることか。
その大事なしょうゆにまつわる話題です。
3月24日、農水省が「令和3年度アミノ酸液を原材料に含むしょうゆ中のクロロプロパノール類含有実態調査」の結果について発表しました(※1)。
このクロロプロパノール類は有害化学物質であり、しょうゆの醸造過程で自然発生してしまうもののようです。私は専門家ではありませんが、こういう生活に密着した話題は追ってみたいと思います。
●しょうゆとは
しょうゆには、主に3つの製造方式があります。
1)本醸造方式: もろみ(蒸煮した大豆等にこうじ菌を培養したものに、食塩水等を添加したもの)を発酵、熟成させて製造するもの。我が国の8割を占める。
2)混合醸造方式: もろみにアミノ酸液等を添加して発酵、熟成させたもの
3)混合方式: 本醸造方式又は混合醸造方式しょうゆにアミノ酸液等を添加したもの
2)と3)で添加されるアミノ酸液の製造時に、植物性たんぱく質を塩酸で加水分解する工程で、クロロプロパノール類が意図せずして生成します。代表的なクロロプロパノール類である3-モノクロロプロパン-1,2-ジオール(3-MCPD)を多量に摂り続けると、腎臓に悪影響が生じる可能性が動物試験により示唆されています。(農水省発表文による。)
このアミノ酸液は、混合醸造方式しょうゆ又は混合方式しょうゆ、めんつゆ、たれ、ソース類、漬物の調味液等に使用されていて、日常でよく目にする品物ばかりです。市販の大部分は本醸造方式のものなので、注意すべきはそれ以外のしょうゆです。ラベルをよく見ましょう。
●農水省の粘りの調査
2004年頃に、中国・東南アジアから欧州へ輸出された調味料からしばしばクロロプロパノール類が検出されたことを受け、農林水産省は2004年度から2006年度までにかけて含有実態を調査しました。それ以降、農水省はしょうゆメーカーと協力して、数年おきにサンプル調査を重ねてきました。そして今回(2021年度)の調査でも3-MCPD濃度の低減傾向が見られ、消費者の健康リスクは無視できるほど小さいことが示唆されました。
われわれとしてはまず安心してしょうゆを使うことができそうです。
20年近くにわたる農水省の地道な調査に頭が下がります。
●「危険」よりも「安全」のほうが難しい
一般に、ある食品に対して複数の基準値のどれか一つでも水準を超えたら「危険」と宣言することができます。しかし「安全」を示すためには、”すべて”の基準をクリアしなければならないわけです。その”すべて”を立証することはやさしいことではありません。
今回の3-MCPDの調査にしても、国際的な機関が定めた基準をクリアして、しょうゆ業界全体として十分改善していることが示されていますが、あとの判断は消費者に委ねられています。
●これ以外の悪者
この話題以外にも、農水省から加工・調理食品への注意事項が挙がっています(※2)。
- アクリルアミド →加熱食品に含まれ、発ガン性のリスクがある
- トランス脂肪酸 →水素添加した油脂(マーガリンなど)を用いた加工食品に含まれ、血液中のLDLコレステロールが増加し、HDLコレステロールが減少する作用がある
- 大豆イソフラボン →豆腐などの大豆加工品に含まれ、化学構造が女性ホルモン(エストロゲン)と類似していることから、さまざまな作用が予想されるが、安全性について研究段階。
●体に悪い物ほどおいしい
こういう悪者を含む食べ物も、実は日本人は大好物です。
だいたい、白い食べ物や、茶色く焦げた食べ物のように、体に悪い物ほど美味、という傾向がありそうです。しょうゆが焦げた香りに抵抗できる人は少ないでしょう。(3-MCPDよりこわいのは、むしろ塩分の取りすぎ。)
まあ、いろいろな食品をまんべんなく、腹八分目で食べていれば、そう気にすることもないだろうと考えるしかなさそうです。■
※1 https://www.maff.go.jp/j/press/syouan/seisaku/230324.html
※2 https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/kakou/index.html