日本の科学技術・イノベーション
(2025.01.04)
2024年12月23日に、内閣府で「総合科学技術・イノベーション会議」(第75回)が開催され、石破総理大臣より次期(2026~30年度)の科学技術・イノベーション基本計画について諮問が出されました[1]。
これを受けて翌24日に基本計画専門調査会の第1回が開催されました。
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kihon7/1kai/1kai.html
基本計画専門調査会ではこの諮問に対する回答を今年末までにまとめ、来年3月に最終的な計画が承認される予定になっています。
調査会自体は月1回程度の会合ですが、その間に関係省庁間の下打ち合わせが頻繁におこなわれることになるでしょう。
●諮問
内閣総理大臣から総合科学技術・イノベーション会議議長宛に諮問を出すのですが、実はその両方とも石破首相ですから、自分から自分に諮問している形になります。
素人にとっては少し首を傾げたくなる状況ですが、多くの組織、会議が幾重にも重なりあっている行政の文書ではよくある話です。
●過去30年間の歩み
「科学技術・イノベーション基本計画の30年間の振り返り」という文書が資料3として配布されました[2]。
1995年10月に「科学技術基本法」が施行され、それにもとづいて基本計画を立てて長期的な視野をもって科学技術の政策を進めていくことが決まりました。以来、5年おきに基本計画を立案しています。
この資料3の第1ページにはこれまでの6期の主要テーマが書かれています。政府の研究開発投資も第1期17兆円から第6期は30兆円まで増加し続けていることが示されています(注)。
(注)ただし2018年度予算からは第5期基本計画で目標とした「対GDP比1%」の研究開発費をめざして、(直接、科学技術に関連しない)既存の政府事業に科学技術イノベーションの要素を導入する「科学技術イノベーション転換」を実施して、かなり拡大解釈した予算まで加えています。
しかし30年間を振り返ると、”科学技術・イノベーションに関する主要な指標については、一定の成果は見られるものの主要国と比べると停滞傾向にある。”と総括しています。
国の経済力はなんとか横ばいを維持していますが、海外との相対的地位は低下しています。
研究力も最近では論文の質(いわゆるTop10%補正論文数)の低下が見られます。
また少子高齢化が大きく影響して、大学の経営や人材育成が苦しくなりつつあります。
●第7期基本計画の3つの柱
今の段階では、こういう方向のまとめ方はどうか、という程度の3つのポイントしか示されていません[3]。
・研究力の強化・人材育成
・イノベーション・エコシステム
・経済安全保障との連携
最初と2番目のポイントはすでに第6期まででも重要な柱と認識されていたものです。
そして最近の国際情勢から3番目のポイントが加わったものと思われます。
●負のスパイラル
物事の原理を探求する科学と、それを実社会に応用する技術、そしてそれをビジネスとして実行するイノベーションはつながっています。一方向の単線ではないものの、やはり最初は”面白い発見”から始まると思います。そして最後はビジネスとして成功できるかどうかが重要です。そのビジネスから得た利益が、次の発見のための研究に投資されるというのが、理想でしょう。
しかし世界で最先端と言われたわが国の多くの技術や製品はいつしか”ガラパゴス化”と揶揄されて、世界市場から脱落していきました。
その影響で、わが国の技術競争力が低下するだけでなく、入口に相当する科学の研究に十分な資金が回らないという、負のスパイラルが見えます。
●研究開発の流れは多種多様
わが国の研究者が貢献した青色発光ダイオードやiPS細胞のように、基礎原理の研究から実社会での応用まで一気に到達した事例はいくつか見られます。
しかし多くの場合、基礎原理を発見した人、実用化に努めた人、ビジネスに応用して成功した人は同じではありません。時間や金のかけ方も違います。
それらを一緒くたにして、やみくもに科学技術・イノベーションを強化しようと言っても的外れになることは明らかです。
あらためてわが国の研究開発の実像を見て、きめ細かく政策を当てはめていくことが大事でしょう。
●研究はアート
とはいえ、あまりに細かいところまで政府が研究開発に口出しすることは考えものです。
研究者は探求を繰り返す”アーティスト”の面も持っています。夏休みの自由研究のように、時間と最小限の資金があればどんどん研究を進めていくことでしょう。
もちろん、科学技術の世界では厳しい競争がおこなわれています。
しかし競争だけでなく、研究の喜びを見出せるような環境がなければ、ますます研究者を萎縮させ、研究者を減らすばかりだと思います。
●基礎研究ただ乗りでよいか
かつて1980年代に米国との間で貿易摩擦が生じて、米国から「日本は基礎研究にただ乗りしている」という声が強まりました。それに反応して日本では基礎研究「ブーム」が沸き上がりましたが、バブル経済の破綻とともにそのブームは終わりました[4]。
いっそ、基礎的な発見は全部、欧米(あるいは中国)にまかせて日本は応用技術だけで稼いでいくという選択もあり得ます。
しかしそれでよいかどうか。
●研究は面白い
筆者はやはりそれでは寂しいと思います。
単に気持ちの問題だけでなく、研究開発は発見からビジネスまでつながった一体のものと考えるからです。いつ、どこに現れるかわからない次のアイデアを逃さないためには、基礎研究の力を蓄えておく必要があるでしょう。
自由研究をのびのびやって、大半は無駄に終わっても、中には新しい発見が含まれているはずです。
次期の科学技術・イノベーション基本計画の中に、そういう”自由研究”についての配慮(と重視)が記入されることを望みます。
毎年度、ノーベル賞の発表と同じように、イグ・ノーベル賞[5]の発表を楽しみにしています。研究の面白さというものが伝わってくるからです。今のところ、毎年度、日本人の名前が受賞者の中に入っていますので、少なくとも日本人の研究のユニークさは世界に認められていることでしょう。
そしてイグ・ノーベル賞と本当のノーベル賞との間はそれほど大きな隔たりはなさそうな気がします[6]。■
[1] 諮問第43号「科学技術・イノベーション基本計画について」(諮問) https://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui075/siryo1-1.pdf
[2] 科学技術・イノベーション基本計画の30年間の振り返り https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kihon7/1kai/shiryo3.pdf
[3] 次期基本計画に向けて議論すべき主要な論点(案) https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kihon7/1kai/shiryo5.pdf
[4] たとえば次のような資料に当時の企業研究者や業界関係者の回顧が見られます。
丸山瑛一:「基礎研究ただ乗り論」論、高分子、39巻、1月号、1990年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/39/1/39_1_28/_pdf
西村吉雄:【電子産業史】1980年代:基礎研究に走った日本企業,欧米は大学・ベンチャー主体に、日経XTECH、2008年8月13日 https://xtech.nikkei.com/dm/article/COLUMN/20080807/156200/
[5] The Ig Nobel Prizes. 「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して賞を授与する。https://improbable.com/
[6] ノーベル賞・梶田教授とイグ・ノーベル賞受賞者が語った「役に立たない」研究の無限の価値、読売新聞オンライン、2023年12月28日 https://www.yomiuri.co.jp/science/20231222-OYT1T50137/