飽食時代の米騒動
(2024.09.07)
8月27日に農林水産省にて「食料・農業・農村政策審議会 食糧部会」が開催されました(※1)。
この部会は米や麦といった主要食糧の需給や価格の安定について審議する場です。
ちょうど今、各地で”令和の米騒動”とも呼ばれる米不足状態が発生しており、米の流通や備蓄米制度について、いろいろな意見が出ている機会ですので、この審議会資料を元に調べることにしました。
●米をめぐる状況
この食糧部会ではほぼ毎年7月に米の需給と価格に関する大臣諮問に答申案を出しています。ですから年ごとの米状況の変化を審議会委員も熟知していて、今年(2024年)もほぼ平年並みという認識です。
農林水産省は最重要な食糧である米について、1ヶ月ごとに「米に関するマンスリーレポート」を公表しており、価格や流通量について統計数値を見ることができます。その意味で、米についての最新状況は国民一人一人が知ることができる状態にあるわけです。(もちろん読む気になった人は読める、という意味ですが。)
●米の需要・供給
国の公表資料(※2)によると、米の需要は年々減少しています。近年では年8万トンずつの減少から年10万トンずつの減少に加速気味です(図1)。
これはおそらく人口減少が要因と考えられます。
このことは、同資料の74ページ「家庭における1世帯当たりの米、パン、めん類の購入量の推移」からも推測できます(図2)。この図で、毎年秋の米購入のピークを見れば、家庭内の消費量自体が年々減少していることことが明白です。米だけでなく、パンやめん類の購入量も一様に減っているのは、1世帯内の家族数が減っていることを反映しています。
これに応じて、全国の主食用米の作付け面積は2008年比較で23%減少しています(図3)。
このように需要が減り、米生産量も減る中で、農水省としては需要・供給のバランスをとって、生産者と消費者ともに急激な価格変動に見舞われないように調整しているという状態です。
米の備蓄はその需要・供給バランスのためのバッファという位置づけになります。
●米の価格
現在、米の価格は原則として市場原理によって決まります。
生産量の約4割が集出荷業者へ、残りが農家が直売あるいは自家消費に回ります。
現実には、代表的な集出荷業者である全国農業協同組合連合会(JA全農)等が地域単位で算定する「概算金」(仮払い金)と「相対取引価格」(市場での価格)が米価格の目安になっています。よほど突出したブランド米でなければ、だいたい価格は平準化されていると言えます。
上で説明したように、米の価格が低下したときは農水省が買上げ、逆に価格高騰したときは備蓄米を放出するという方法で価格を安定化させています。
●なぜ米不足が生じるか
公表資料(※2)によれば、少なくとも米の流通量が著しく減っているわけではなく、新米の作柄も平年並みとされています。特に異常が発生しているわけではなさそうです。図4は主食用米の取引価格と民間在庫量を一つのグラフにしたものです。これを見ると、2024年の民間在庫量と取引価格は極端な数値ではありません。図5(※3)は民間在庫量が年間で最も少なくなる7月末時点で比較したもので、過去低かった2008年や2022年と比較してもまだ高い水準を保っています。十分な米は確保されているということです。
農水省も一時的な品不足は認めつつ、新米が出回れば落ち着くと見て、備蓄米放出には消極的です。
あくまでも流通段階の問題として、8月27日に「端境期における主食用米の円滑な流通について」の要請を農協、集荷業者、米穀販売業者宛に出しています。
続いて9月6日に「主食用米の円滑な流通の確保に向けた集荷、販売等への一層の対応について」という要請を出して、納品を急ぐよう協力を依頼しています。
世の識者の多くは、今回の米不足は「パニック買い」のせいではないかと推測しています。
今年8月に発生した宮崎地震と、その後の南海トラフ地震臨時情報発表がきっかけになって、不安を感じた人が米の買い漁りを始めたという話があります。店頭に米が並ぶやいなや、まとめ買いをする人によって目の前の棚から米が消えれば、あたかも日本全国で米不足になっていると錯覚する人もいることでしょう。
(行動経済学的な視点から見ると、このようなパニック買いへの対処は重要な研究課題です。)
このような中に備蓄米を放出すれば、新米価格の低下によって生産者の損を招くだけでなく、流通が混乱するだけの結果になりかねません。
●パンがなければお菓子を食べればよい・・・
フランス革命の頃、マリー・アントワネットがこう言ったという説は、完全に否定されています(※7)。彼女にとってはまったく気の毒な話です。
一方で、今の日本人にとっては、この言葉通りではないかと思います。米、パン以外にも食べるものはたくさんあります。図6(※4)を見ると、60歳代の世帯(二人以上)の主食支出については、米よりも外食や加工食品のほうが増えている傾向が見られます。米を買ってきて、自宅で炊飯するということ自体が減っているわけです。店頭に米がなくても、短期間ならばなんとかなりそうです。
もちろん短期間とはいえ、食生活に難儀する家庭も出てくるでしょう。そのような状況を救済する手段の一つとして、たとえばこども食堂等へ政府備蓄米の無償交付をおこなう事業が、すでにCOVID-19の感染拡大期から始まっています。
全体としては飽食気味な日本では、絶対的な食料不足は当面、起きないでしょう。今回の米不足に対しては、個人や家庭レベルでの代替手段で十分乗り越えられるものと思います。
いっときの危機に対しては、このようなのんきさでやり過ごすことも大切でしょう。■
※1 https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/240827/240827.html
※2 「米をめぐる状況について」(2024年8月) https://www.maff.go.jp/j/seisan/kikaku/attach/pdf/kome_siryou-209.pdf
※3 「令和6年7月末民間在庫量のポイント」 https://www.maff.go.jp/j/seisan/keikaku/soukatu/attach/pdf/aitaikakaku-184.pdf
※4 「米の消費及び生産の近年の動向について」 https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/240827/attach/pdf/240827-3.pdf
※5 「端境期における主食用米の円滑な流通について(要請)」https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/kome_ryutu_tuti-1.pdf
※6 「主食用米の円滑な流通の確保に向けた集荷、販売等への一層の対応について(要請)」 https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/kome_ryutu_tuti.html
※7 Wikipedia「ケーキを食べればいいじゃない」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%AA%E3%81%84