研究者の育成
(2023.04.26)
文科省の諮問会議の一つである「科学技術・学術審議会」には、テーマに応じた多くの委員会があります。「人材委員会」もそのうちの一つです。
4月24日に、その人材委員会第96回が開催され、第12期(2023~24年度)の体制がスタートしました。
(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/siryo/mext_00008.html)
●人材委員会第12期(2023~24年度)のテーマ
委員は任期2年で、先の第11期17名から今回の第12期13名(留任8名、新任5名)という体制になりました。産業界4名、大学関係者9名というバランスになっています。
今期の主要論点の案は、事務局によって次のように整理されています。
- 博士後期課程学生への経済的支援の充実とキャリアパスの多様化
- 産業界における博士人材の活躍促進
- 研究人材の流動性と安定性の両立(国際頭脳循環の活性化を含む)
- URA (※1)や技術職員等の研究マネジメント人材も含めた多様な研究人材の育成・確保
●研究人材に係わる課題
この人材委員会から発表された、大学の研究人材(研究者)の育成について、課題と改革の方向性が示された文書があります。
「世界トップレベルの研究者の養成を目指して」(※2)
<研究者養成の現状と課題>
○博士課程の教育機能が不十分
・専門分野の幅の狭さ
・国際性、エリート養成の不足
○大学院組織における同質性
○博士学生が研究に専念できない
・経済的支援が不十分
○博士、ポスドクの進路の問題
・企業への就職が少ない
・ポスドク経験の評価が不十分
<改革の方向性>
○博士課程における教育機能の強化
○大学院における研究人材の多様性の確保
○博士課程学生に対する経済支援の充実
○人材養成面における産業界との連携
<具体的改革方策>
省略
どの項目も納得のゆくものです。その根本の問題を探り、解決策を検討する必要があります。
種明かしをすると、たいへん残念なことに、この文書は今から20年前に書かれたものです。
最初に掲げた第12期の主要論点と見比べていただければわかるように、ここに挙げられた課題は一つとして完全な解消に至っていませんし、博士課程への進学率低下のように、20年前よりさらに悪化した状況が見られます(※3)。
●研究者の能力をどう評価するのか
人材委員会で議論されているのは、主として”研究者”です。
研究者の人材育成を語るときの、第一の難しさは、研究者に要求されるスキル・レベルが曖昧だという点です。医学部であれば、医師免許が一つのスキルの証になりますので、大学の教育水準はその免許試験の合格率である程度、計ることができます。
しかし、大半の学問分野ではそのような必須の資格というものはありません。博士号を持っていても、実際にどのような研究力(創造力やマネジメント力など)を持ち合わせているか、実際に仕事をやってみるまで、実力はわからないということです。”すぐれた研究者を育成する”という目標に対する、具体的なKPI(※3)がうまく設定できないのです。
そのため、他の研究者からたくさん引用される論文ほど優れているという仮説にもとづいて、論文の被引用数の多い順に並べた”Top10%論文”順位などを、研究力の象徴として扱ったりしています。またそれだけでは足りないという意見も出されています(※5)。
●いつ評価するのか
第二の難しさは、研究者というものは大学を卒業した後、研究成果を出すために長い期間を要するという点です。ノーベル科学賞を得るような、優れた研究であっても、論文を発表してからその成果が認められるまで、数十年かかります。博士になって間もない研究者の”将来性”を予測することはできません。したがって教育機関がいかにすぐれた人材育成の力があるかを評価するには、それなりの長い時間がかかるということです。それはまた、大学のある種の”ブランド”を形成するのに必要な時間と同じと見てよいでしょう。
●人材育成の議論の難しさ
どのように測ってよいかわからない上に、仮にKPIがあってもそれを評価するのに長い時間がかかる、となると、人材育成という政策自体がきわめて曖昧な土台の上で議論されていることになります。
先に挙げた20年前の提言から、現在の人材育成の議論が少しも進んでいないように見えるのは、まさにこのような難しさに直面しているからと思われます。■
※1 URA: University Research Administrator. 大学などの研究組織において、研究者および事務職員とともに、研究活動の企画・マネジメントの強化などを支える人材
※2 科学技術・学術審議会人材委員会 第一次提言(2002年7月19日)https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/toushin/020702.htm
※3 修士課程から博士課程への進学率低下が新たな問題として浮かび上がっている。14.1%(2002年)→9.7%(2021年)
※4 KPI:Key Performance Indicator. 重要な評価指標
※5 小泉周「世界大学ランキングと研究力を測る指標」、東京工業大学・自然科学研究機構 URA合同研修会、2021年2月17日 https://www.ruconsortium.jp/site/tf/479.html