モフモフではない、ハードな問題
(2024.09.22)
9月19日に環境省より「動物愛護管理法遵守の要請について」が公表されました(※1)。
犬を散歩させたり、抱いている人を多く見かけます。早朝から夜まで、日に何度も犬の散歩に付き合っている中高年齢者もいますが、犬のためというより、むしろ自身の健康のためにやっているという声もあるそうです。それはそれで、人間もペットも互いに幸福な関係であれば、めでたいことです。
●日本におけるペットの状況
業界系の情報(※4)ではペット関連の国内市場規模は1兆7,187億円で、毎年少しずつ拡大しているそうです。世帯の飼育頭数でいうと、犬は微減、猫は横ばいですが、ペットフード等の関連商品の売上増で市場は保っている様子です。
日本の基幹産業(機械や半導体)はもう一桁上の市場規模ですから、それに比べるとペット市場はまだ小さいと言えます。しかし未開拓な領域が多く残っていて、今後の伸びしろは大きいと期待されています。
●ペット取引を巡る違法性
現在、動物愛護管理法にもとづく動物の愛護と管理行政は環境省の管轄です(※2)。
2013年9月に施行された「改正動物愛護管理法」では、生後56日(8週間)までの販売が禁止となっています。
この理由としては、出生後、一定の日齢に達していない幼い個体を、その親兄弟から引き離すと適切な社会化がなされず、後々、吠え癖や噛み癖等の問題行動を引き起こす可能性が高まると考えられているからです。
しかし、この法律の規定がどのくらい守られているか調査したところ(2023年11月)、多くの犬猫について生年月日の改ざんや違法な幼齢販売の実態が明らかにされました(※3)。
●疑惑1:生年月日の曜日の偏り
本来ならばオークションにかけられた犬・猫については、曜日に無関係に一様に生年月日が並ぶはずですが、著しい曜日の偏りが見られました。また複数のペット保険会社に登録された生年月日を参照しても、同様の偏りが見られました。
このことは、オークション日に合わせて生後8週間になるように生年月日を改ざんしている可能性を示しています。
●疑惑2:体重値の少なさ
また、オークションに出されたトイプードルの幼犬6万頭の体重を測定したところ、平均702.4gでした。この体重値は35日齢の平均値よりも少ない値であり、相当幼い犬が出品されていることが想像されます。(本来の56日齢の平均体重は1053.1g。)
●是正に向けた取組み
今回、環境省からペットショップを含む関係業界に対し、是正と法令遵守を強く要請するとともに、指導・監督を行っている都道府県及び政令指定都市に対して適切な指導・監督を依頼しました(※1)。
●売り手の事情
このような不正の背景には売り手側の事情があります。
犬の場合、幼いほど高い価格で売れる傾向にあるため、8週間を待たずに出品しようとする動機になります。また早く手離せれば、飼育代も少なくてすみます。
逆に売れ残ってしまうと、「商品」の価値は下落し、さらに「不良在庫」の維持費がかかってきます。犬や猫は人よりも成長が早いため、その分、タイミングを逸するリスクが高いわけです。
●2011年での意見
環境省は2013年の法律改正の前に、さまざまな立場からの議論をまとめて「動物愛護管理のあり方検討報告書」(※5)を作成しました。その中に次のような記載があります。
・・・
(5)犬や猫の幼齢個体を親等から引き離す日齢
・・・日齢の設定については、店舗等での販売時ではなく、親等から引き離す時点を基準とすべきである。具体的日齢については、ペット事業者の団体が目指している45日齢、科学的根拠(ペンシルバニア大学のジェームズ・サーペル博士の行った実験結果)のある7週齢(49日齢)、海外に規制事例のある8週齢(56日齢)に意見が分かれている。・・・
つまり2011年の時点では、45日齢~56日齢の幅で意見が分かれていたことになります。おそらく安全サイドの判断から56日齢と決まったと思われます。
●2017年の科学的検証
次に、環境省は2017年に「幼齢犬猫の販売等の制限に係る調査評価検討会」を開催して、生後8週間という規定の根拠を証明しようとしました。
すなわち上に書いたように、犬・猫が吠え癖や噛み癖等の問題行動を引き起こす可能性について、生後8週間を境に有意な差があるかという科学的検証です。
この検証は、動物行動学の権威で、犬の社会行動学的研究に詳しいK教授が実施しました。
このときの調査分析には、国際的に定評のある「C-barq」という質問票を用いました。これは飼い主が、実際の行動の頻度を回答することにより、先入観を排除することができるものです。複数の国、研究機関で使用実績あり、世界でもっとも信頼性のある犬の行動評価システムとされています。それを用いて、次の調査をおこないました。
・データは犬4,033件、猫1,194件(病気等のものは除く)
・生後49日以下、50~56日、57日以上の3群に分けて分析
・ペットショップについては187店舗にアンケートを送付して、100%の回収率
・ブリーダーについては犬195件(回収率14.0%)、猫59件(13.2%)
・そのためブリーダーの回答は統計的に信頼できないレベルとされた
・多い犬種はトイプードル、チワワ、ミニチュアダックスフンド、柴犬の順
・統計処理は欠損値の補完、因子分析と主成分分析、一般化線形モデルと重回帰分析
等々、かなり厳密に分析が進められました。
しかしその結論は「親兄弟から引き離す日齢(日齢3群の違い)と問題行動の発生の関係性は証明されなかった」となりました(※6)。
●EBPMのアプローチは失敗した?
この結論は、売り手側から見ると、”そもそも法律の根拠がいいかげん”という印象から、法令遵守の意識が低下したという指摘もあります(※7)。
この検証で難しかったのは、ブリーダーが提供したデータが少ないため、統計的な信頼性が落ちたことです。統計的に十分なデータを揃えれば、また別の結論が出る可能性も残されますが、そのための検証費用も課題です。
●レモンかどうか
ミクロ経済学の教科書には「レモンの問題」として情報の非対称性が解説されています。中古車販売のように売り手が情報を持つ場合、廉価で低品質の商品(レモン)ばかりが取引される傾向となり、いずれは売り手が撤退していくというものです。
ペットは中古車のように品質の差がすぐ判明するというものではありません。年月がたって、”どうもわが家の犬はよく吠えるようだ”という程度の感想しかないでしょう。レモンがレモンとして認識されないので、法令違反でも市場が保たれるということです。
実質は差がなくても、動物愛護の観点からぜひ法令遵守してほしいと願います。しかし、短期ですぐ金を稼ぎたいという売り手がいる以上、問題は残るのでしょうね。■
※1 動物愛護管理法遵守の要請について(2024年9月19日報道発表) https://www.env.go.jp/press/press_03635.html
※2 動物の愛護と適切な管理 ホームページ https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/index.html
※3 ペットオークション・ブリーダーへの一斉調査結果について(2024年2月15日報道発表) https://www.env.go.jp/press/press_02760.html
※4 2024年ペットビジネス市場規模は?現状と今後の展望 https://petopro.net/1472/
※5 動物愛護管理のあり方検討報告書(2011年12月) https://www.env.go.jp/council/14animal/r143-01.pdf
※6 幼齢犬猫個体を親等から引き離す理想的な時期に関する調査の検討結果について(2018年1月) https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/yourei/result_01.pdf
※7 《愛犬の誕生日が違う?》「正直者がバカを見る状態はダメだ」ペットオークションの協会長が“誕生日偽装”の解決を「難しい」と言う理由 嶋岡照、文春オンライン2024.04.03 https://bunshun.jp/articles/-/69941