「匠の技」の功罪
(2023.06.02)
5月30日に、経産省で第14回「産業構造審議会 製造産業分科会」が開催されました。
(https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/014.html)
この製造産業分科会はその名前の通り、製造業についての産業戦略を議論する場ですが、今回から新たな論点として「製造DX」「カーボンニュートラル」「経済安全保障」についての取り組み方を議論することになりました。
まず日本の製造業の現状について、経産省事務局から説明されています。
資料の中身は多岐にわたる膨大なものなので、製造業全体を俯瞰した章から気になる点を列記しておきます。
●もはや「貿易立国」ではない?
一次所得は35.6兆円(1985年以降、最大額)の反面、貿易赤字は15.7兆円で、経常収支の黒字幅は半減(2021年比)しています。資料では、”「貿易立国・日本」の姿はもはやなく、海外からの投資収益が経常収支を支えている状況の中、改めて、我が国製造業の「稼ぐ力」の実態を捉え直すことが必要ではないか。”と書いています。
たしかに昔、教科書に書いてあった貿易立国という表現は古くなったようです。
●売上高は横ばい、営業利益・営業外利益ともに好調
製造業に限れば、売上高は400兆円でほぼ横ばいですが、営業利益は多少のデコボコはあったものの、20.5兆円(2017年)を記録、2021年もそれに匹敵。営業外利益は単調に増加し、12.5兆円(2021年)。これは営業利益の6割強に相当。
●輸出も好調
製造業の輸出額は65兆円(2018年)をピークに低下しているが、売上高構成比は横ばいを継続。また売上高に占める海外法人売上は約4割を維持している。
●海外直接投資の影響は?
経産省としては、ここで「海外直接投資(FDI)によって輸出が減っているわけではない」と主張したいようです。
ここで経産省はいろいろな論文を引用して、「実証研究の多くは、直接投資の増大が国内雇用の喪失につながっているという主張を支持していない」「直接投資の増大は輸出の拡大につながっている」と述べています。
今や、海外法人からの利益が輸出による営業利益を上回っており、「外貨獲得の手段は輸出よりもFDI」となっている現状があります。
●グローバル経済の中の日本の製造業
国内市場が縮退している日本にとどまっていては、製造業は立ち行かないのは自明です。仮に画期的な(イノベーティブな)製品を開発して、国内の新市場を開拓できたのであれば、同じ製品を海外展開すれば数倍の利益が見込めるはずです。家電、半導体の分野で日本企業が衰退していったのは、中途半端な規模の国内市場に偏りすぎて、海外市場のダイナミズムに追いつけなかったためと考えます。
海外市場は国際関係が影響するため、不安定になりがちというリスクはありますが、国内市場と合わせてポートフォリオを作る戦略が常識化していくでしょう。
経済安全保障の問題も、企業にとってはそのポートフォリオの一部とみなされます。
●経産省にできること
実は民間の製造業企業のほうが、国(経産省)よりも実地体験が豊富で、利益に敏感です。FDIも自社に適したやり方で戦略を進めているはずです。
一方、国ができるのは、税金、補助金、法制度からの支援です。
製造業の健全な成長と利益獲得にとって、足かせになっていることがないかを点検することが必要であり、そのための審議会の議論であってほしいと思います。
●「匠の技」が足を引っ張る
最新の生産技術が日本にない、という指摘です。日本の高い技術力/現場力があることが、新たな設備投資をせずとも設計開発・生産を可能としてきたが、技術が属人化し、最新の設備導入を実施しない背景だと指摘もあります。(資料p.55)
なにげないページですが、とても重要なことを指している気がします。
今まで属人的にうまくやってきていた仕事が、人が抜けていくとともに、ボロが出始めているのが今の日本ではないでしょうか。品質不正の問題や、働きすぎの問題なども、このような日本特有の器用さとかガンバリズムが根にあると思います。まじめで器用であることが、かえって自分の首を絞めているというのは、皮肉であり、悲しいことです。■