鉄は国家なり

(2024.10.11)
10月9日に経済産業省から「鉄鋼の過剰生産能力に関するグローバル・フォーラム(GFSEC)閣僚会合」についての広報がありました。
https://www.meti.go.jp/press/2024/10/20241009001/20241009001.html

GFSEC(※1,※2)は鉄鋼の過剰生産能力について国際的な話し合いをおこなう場として、G20の合意により2016年12月に3年間の時限でスタートしました。
その後、ベルリン閣僚会合(2017年11月)では、過剰供給能力の解決に向けて6原則を合意しました(※3)。

①グローバルな課題と集団的な解決策
②市場歪曲的な政策支援措置の除去
③公平な競争条件の確保
④市場機能の確保
⑤生産削減による構造調整の促進
⑥透明性の向上

当初、33か国が参加していましたが、2019年には目的を達成したとして中国がGFSECの延長に反対して脱退しました。その後、2020年からは中国、インドを除いた31か国で継続しています。
たしかに2016年から2019年にかけて生産能力と需要のギャップは縮小したものの、高い水準の構造的な過剰生産が続き、2019年以降、再び拡大しています。

今回の閣僚会合の結論で重要なのは次の点です(広報文より)。
”世界的な過剰生産能力の再度の増加が見込まれ、特定の国の非市場的な政策や慣行によって進行している。この結果、加盟国の鉄鋼産業の発展にとって脅威であるほか、鉄鋼企業の脱炭素化に向けて炭素排出量を大幅に削減するために必要な技術への投資にも悪影響を与えることが懸念される。”
世界の鉄鋼過剰生産能力(需要と供給能力のギャップ)は、2026年までに6億3,000万トンに向かって急増している状況です。これはGFSEC設立のきっかけとなった2016年の鉄鋼危機以来の高水準です。

●安い鉄はなぜ問題か
各国はそれぞれ自国内で鉄鋼産業を抱えていて、市場原理によって鉄の売買がなされています。
そこに大量の安価な鉄が国外から急速に流れ込んできたら、たちまち輸入鉄に市場を支配される結果となります。国内の鉄鋼産業は構造変化する間もなく、撤退せざるを得なくなります。
鉄はさまざまな分野に用いられ、かつ大量に消費されるものであるため、一国の産業に及ぼす影響はきわめて大きいものです。

●悪影響の波及
単に市場競争の問題だけでなく、他にも問題が生じています。
まず世界的に対策が急がれる脱炭素化に対してブレーキがかかる点です。国内の鉄鋼産業では価格に脱炭素化のための研究開発費を上乗せする余地がなくなるわけです。
第二は不公正な政策(閣僚会議文書では非市場的な政策や慣行という表現になっていますが)です。中国の国内産業には表向きの補助金は減少していることになっていますが、その他のさまざまな施策によって補助金同様の支援をおこなっていると言われています。また関税逃れのために第三国経由で輸出するケースも指摘されています。

●中国の鉄鋼産業
中国の鉄鋼産業については、通商白書2018にかなり詳細な分析が掲載されています(※4)。
それによると、北京オリンピックの頃までは鉄の輸入国だった中国は、国内産業の拡大とともに鉄鋼の生産を増加させ、2006年には輸出国に変貌しました。国や地方政府は鉄鋼企業への低利融資をどんどん増やしていきました。
しかし2008年以降は中国国内需要は陰りはじめ、2013年にピークアウトします。需要量を供給量が上回っても生産量が増えたのは、地方政府等による野放図な低利融資があったためとされます。
2015年から中国政府は鉄鋼産業の引き締めを始め、生産量の削減を実施しました。
GFSECの目的は果たしたとして、2019年に中国が脱退したのは、このような効果が現れたためです。
しかし再び過剰生産の傾向が見えてきました(図1)。当然、それにともなって価格も下落していきました(図2)。

図1. 中国鉄鋼の過剰生産能力と輸出量(※5より引用)
図2. 中国鉄鋼の輸出数量と価格(※5より引用)

「過剰生産能力は中国経済の宿痾」と指摘する評論もあります(※5)。
すでに「新三様」と呼ばれる電気自動車(EV)、太陽電池、リチウムイオン電池においても同じ図式で過剰生産が拡大しています(図3、図4、図5)。

図3. 中国EVの輸出数量と価格(※5より引用)
図4. 中国太陽電池の輸出数量と価格(※5より引用)
図5. 中国リチウムイオン電池の輸出数量と価格(※5より引用)

●鉄は国家なり
鉄血宰相とよばれたビスマルクの言葉(※6)ですが、その後、ビスマルクと面識があり、尊敬していた伊藤博文が同じような言葉を使ったと言われています。
19世紀後半のドイツと、それを真似た日本にとって、鉄はまさしく国の基盤でした。ドイツも日本も鉄鋼産業の振興に力を入れました。
今は中国が世界の鉄鋼生産の半分を占めて、圧倒的な存在になっています。有り余る鉄をなんとか制御して、自国内の景気浮揚も産業育成もしなくてはならないのはわかりますが、他国の経済にまで影響を与えるのは困ります。
鉄によって国のありさまが露わに見えてしまうという点では、たしかに”鉄は国家なり”です。■

※1 The Global Forum on Steel Excess Capacity (GFSEC) https://www.steelforum.org/
※2 Ministerial Meeting of the Global Forum on Steel Excess Capacity https://www.oecd.org/en/events/2024/10/ministerial-meeting-of-the-global-forum-on-steel-excess-capacity.html
※3 Global Forum on Steel Excess Capacity Report, 2017.11.30 https://www.bmwk.de/Redaktion/EN/Downloads/global-forum-on-steel-excess-capacity-report.pdf?__blob=publicationFile
※4 通商白書2018 第II部第2章第2節 世界的な過剰生産能力問題への対応 https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2018/2018honbun/i2220000.html
※5 月岡直樹「中国経済の宿痾たる過剰生産能力」、Mizuho RT EXPRESS(2024年5月9日) https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/report/research/express/2024/express-as240509.html
※6 「現在の問題は演説や多数決によってではなく、鉄と血によってのみ解決される」(1862年9月30日プロイセン衆議院予算委員会での演説) https://ja.wikipedia.org/wiki/オットー・フォン・ビスマルク

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