不適切にもほどがある!

(2026.01.31)
1月5日に中部電力より「浜岡原子力発電所の新規制基準適合性審査における基準地震動策定に係る不適切事案について」が公表されました。
https://www.chuden.co.jp/publicity/press/1217264_3273.html
不適切にもほどがある!、という昨年のヒットドラマのタイトルが即座に頭に浮かびます。
不適切どころか、これまで原子力発電に関わる人々が10年以上にわたり積み重ねてきた活動が一発で吹っ飛んでしまうくらいの大問題となりました。
●第1撃は「勝手な発注」
まず昨年(2025年)11月に発覚したのは、工事の契約変更とその精算手続きをおこなってこなかった多数の案件です[1]。
2011年に始まった原発の安全対策工事のうち、2013~19年の一部で原子力部門が勝手に取引先に仕様変更依頼をして工事を進めていたとのことです。
未払いの総額が100億円規模になる可能性があるとも言われています。
2025年1月になって業者から精算の要請があり、7月になって部門責任者がようやく社長に報告し、11月に原子力部門責任者の副社長と執行役員が辞任したという顛末です。
●第2撃は「不正」
年末に公表された未払い問題の解明が進まないうちに、第2撃の「不正」が発生しました[2]。
中部電力にとっては災厄の連続です。
しかも今回の「不正」は第1撃の未払い問題の遠因ともされる「新規制基準適合性審査」自体が白紙になってしまったという点で、ボクシングのノックダウンに等しいダメージとなりました。
●都合のよい波形
安全性基準の審査において、予想される津波の規模に応じて防護壁などの対策が立てられているかが重視されます。
そのためにまず地震の規模とそれから派生する津波の規模を推定する必要があります。
地震動の顕著な増幅を考慮して「断層モデル」というものを用いて計算します。
かなり専門的な説明を間違いなく書ける自信がありませんので、詳細は割愛します。
下図は普通の「応答スペクトル法」と今回の対象となった「断層モデル法」を並べたものです。

問題となったのは断層モデルによるシミュレーションにおいて、審査会に公式に報告していた計算方法と、実際の方法が違うという点です。
| 審査会[3]への報告内容(正しい方法) | 実際の計算内容(不正な方法) |
| 地震動評価では乱数により20組の波形を発生させ、それらの平均に最も近い波形を代表波とする。 | 方法1)20組の地震動のセットを多数作成し(例:100組)、中部電力が最適とする1セットを選び、そのセット内の平均に最も近い波形を代表波と提示。 方法2)多数の地震動のセットを作成し(例:数千組)、その中から中部電力が最適とする代表波を選び、それが最も平均に近くなるように残り19波形を多数のセットの中から選定し、架空の20組セットを作成。 |
要するにこの代表波の大きさ、速さ、変化の激しさが安全対策を決定づける重要な意味を持ちます。
その代表波を中部電力の都合のよい範囲に収めれば、耐震工事の費用も想定内にとどめることが可能です。

●技術的「性善説」
この辺りの解説を読んでもたいそう専門的で、地震の知識、構造計算の知識の両方を持ち合わせていないと本質的な理解ができません。
計算結果のグラフだけを見て、そこにごまかしが入っているかどうかは、専門家であっても判断できません。
事実、過去の審査会ではこの地震動評価に対して疑問は出ていませんでした。
これは専門的な情報については情報提供者を信頼するという暗黙の考え方に立っているためです。複雑化・巨大化している最近の科学技術においては、性善説に立って情報を受け取らないと議論が前に進まないという事情があります。”専門家が言うのだから正しいだろう”と考え、それを前提とします。
今回の不正はその虚をつかれました。
●経緯の整理
時間軸に沿って整理して、今回の経緯を書きます。
| 2014年2月14日 | 浜岡第4号機について新規制基準への適合性確認審査を申請、第3号機の申請は翌2015年6月16日。 |
| 2019年1月18日 | 第671回審査会合[3]にて中部電力から計算方法を説明 |
| 2023年9月29日 | 「基準地震動」について規制委は「おおむね了承」[4] |
| 2024年10月11日 | 基準地震動にもとづいて設定された「基準津波」(海抜25.2m)について「おおむね了承」 |
| 2025年2月 | 原子力施設安全情報申告制度により原子力規制庁に連絡(いわゆる公益告発) |
| 以降、原子力規制庁及び原子力施設安全情報申告調査委員会にて調査 | |
| 2025年12月18日 | 中部電力より社内での不正行為が確認された旨、原子力規制庁へ報告 |
| 2026年1月5日 | 中部電力より事案概要が一般公表 |
| 2026年1月14日 | 浜岡原発の再稼働審査 停止決定 |
●時系列からの想像
不正な方法1はすでに2018年以前から使われていたようです。
また不正な方法2は2018年頃以降に使われて、2019年1月の審査会合のために準備していたと想像できます。
2014年の新聞[5]によれば、”中部電は国の新規制基準に基づく安全対策工事を4号機は16年9月末までに終える予定”という記載がありますので、その後、安全対策工事も大幅に遅れ、また審査そのものも見通しが立たないという厳しい状況にあったことがうかがわれます。
●プレッシャー
日本の品質管理のレベルが高いことは世界が認めるところで、これまでの日本製品の強みの一つとされてきました。
しかし最近では大手自動車メーカーや防衛産業でも「品質データの改ざん」といったニュースが珍しくなくなりました。しかもそれが組織ぐるみ、長期間という深刻な状況です。
日本人の職業倫理が低落したのでしょうか。
個人と組織に分けて考えてみます。
個人レベルでは不正行為には厳しい処分が待っていますので、一定の倫理は保たれていると思います。
しかし組織のプレッシャーがあると、個人レベルではためらう事も集団責任で実行してしまう、といった図式が浮かびます。
個人にとってメリットはなくても、組織(たとえば中部電力の原子力部門)の存亡がかかっているとなると、つい不正に手を染めてしまうことになるでしょう。
2011年の東日本大震災以来、浜岡原発は停止状態であるため、中部電力にはまったく利益をもたらしていません。
逆に新規制基準に合わせた安全対策工事に費用がかかり、それも予想される津波の高さしだいでさらに巨額の上乗せ費用が必要となります。
第1撃だった「勝手な発注」にしても追加工事費の承認を得られそうもないという空気が事態を悪化させていました。
このような状況下で、「地震震動の計算結果しだいでは原発再開を断念しなければならない」となれば、都合のよい結果を用意して計算手順を合わせるという歪んだ考えにおちいる技術者がいても不思議ではない気がします。
●トレーサビリティ
今回の不適切事案を受けて、審査会での討議では「研究公正と同様、提出されたデータについてトレーサビリティを導入してはどうか」という意見も出されました。研究論文を学会誌に投稿する際に、計測データの正当性をあとで確認できるように記録を保存することが推奨されています。研究不正の多くはデータの改ざんや流用によるためです。
今回のように厳重な審査を経るデータについても同様の対応を取るという考え方です。
データの提出者自身の正当性を立証するためにも、トレーサビリティは必要ではないかと筆者は思います。

●公益告発
一連のニュースの中で、少し安心したのは2025年2月に原子力施設安全情報申告制度にもとづいた公益告発が出た件です。おそらく告発者は会社内部で計算方法の不正に気づく立場の人なのでしょう。
この告発がなければ、審査会を含めて誰も不正に気づくことはなかったはずです。
短期で見れば、告発によって組織は痛手をこうむりますが、長い目で見れば、正常な組織倫理に立ち戻るきっかけになります。
●原子力発電への問い
南海トラフの震源地近くに立地していて、世界で最も危険な原発といわれる浜岡原発に対しては、冷静にコスト判断をするならば廃炉、そうでなければ天井知らずの安全対策、のいずれかを選択しなければならなくなりました。
この選択はわれわれ自身への問いです。■
[1] 中部電力「経済産業大臣への報告の概要」(2025年12月24日) https://www.chuden.co.jp/publicity/press/__icsFiles/afieldfile/2025/12/24/20251224.pdf
[2] 中部電力「本事案の概要」 https://www.chuden.co.jp/publicity/press/__icsFiles/afieldfile/2026/01/05/260105.pdf
[3] 原子力規制委員会第671回審査会合(2019年01月18日) https://warp.ndl.go.jp/web/20220802235106/www.nsr.go.jp/disclosure/committee/yuushikisya/tekigousei/power_plants/000333300219.html (国立国会図書館WARP)
[4] 中部電力「基準地震動の策定について」(2023年9月29日) https://www.chuden.co.jp/energy/nuclear/hamaoka/anzen/shinkisei/shinsajokyo/kijunjishindou20231101/
[5] 日経新聞「中部電力、浜岡原発3号機の安全審査を申請」(2015年6月16日) https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ16H3G_W5A610C1EAF000/
[6] 原子力施設安全情報申告制度 https://www.nra.go.jp/procedure/shinkoku/shinkoku_5.html
.jpg)
