富士山の高さ
(2025.01.05)
2024年12月24日に国土地理院から、衛星測位を基盤とする三角点「富士山」の新しい標高~基準点の標高成果の改定に向けた取組~が発表されました。
https://www.gsi.go.jp/WNEW/PRESS-RELEASE/keikaku61003.html
年末年始の休暇期間なので、官公庁のニュースはほとんどありません。
正月らしさを象徴する富士山の話題を取り上げました。
●富士山の高さが5センチ伸びた・・・では終わらない
国土地理院は2024年7月25日に富士山で測量をおこなった結果、従来の標高成果 3775.51m が 3775.56m になったことを発表しました。
はい、そうですか、となってこれでこの記事を読み終わった気分だったのですが、よく読むとけっこう重要なニュースであることが、だんだんわかってきました。
ずるずると関連する情報を読んでいくうちに、昔の地学や物理学を復習しなければいけない状況になってきて、それなりに面白い勉強をしました。また国土地理院の仕事だけでなく、日本の国土の成り立ちや土木・建設業界の知られざる”常識”にも触れることができたのは良かったと思います。
●地球は柔らかい
今、立っている場所の座標は緯度・経度・標高の三次元で表されます。
ここまでは簡単な話です。
地面は地球の表面ですから、地球が固い球体であれば、緯度・経度・標高も固定できます。
注意すべきなのは、地球自体が”柔らかく”変形するものという点です。
もちろんたいへん広い地域で、かつ長い年月にわたっての話ですが、形が変化していることは確かです。
地震がその一例です。
「日本列島の地殻変動」[1]というビデオを視ると、地面の動きが実感できます(図1)。
東北地方の地面が乗っている北米プレートが、東側から太平洋プレートのもぐり込みによって西方向に押され続けて、ついに北米プレートがピンと跳ね上がるような感じで、一気に逆向きに動く様子がはっきりとわかります。これが東日本大震災を起こしました。
●地面が動くと困ること
このような変化する地面の上に暮らしている人間にとって、地震以外にも困ったことが生じます。
まず地図と実際の位置がずれていくということです。
地図は”過去”の時点での測量データを元に作成され、その後、長期間にわたって利用されます。その上にGPS(1)で測定した”現在”の自動車の位置を重ねると、測定時期が違うためずれます。数センチ、数十センチでも累積すると大きなズレといえます。それでは実用上に問題がありますので、正しく地図情報を補正する必要があります。
●どのように位置情報をとらえるか
さてここからは国土地理院の「位置の基準・測量情報」といった辺りを勉強すると、ある程度理解できます。
まず地図の基準として「国家座標」という概念があり、それを支えるために「三角点(2)」、「水準点(3)」が設置されています。
この辺の言葉は学校の地理でも習うでしょう。
これらの三角点、水準点の隣同士で、いわゆる三角測量をおこなって日本全土の位置と標高を決めていました。原理としては伊能忠敬の時代と変わりませんね。
最近ではさらに「電子基準点(4)」が加わりました。衛星を使って精密な位置情報をリアルタイムに得られますので、今後は国家座標を支える主役になっていくでしょう。
実は上に書いた[1]の映像は電子基準点のデータから作成されたものです。
●高いほうに水が流れる?
重力という物理学の用語が出てきました。
引力と重力は違うものです。図2に示すように、重力は(地球の引力+遠心力)となります[2]。
ここでもう一つ、「標高」の定義です。
東京湾の平均海面を基準(標高0メートル)としています(実際には日本水準原点を使います)。したがって東京湾から仮想的に溝を掘れば、その水面が標高0を示します。この仮想の水面を「ジオイド」とよびます。
これを標高の定義とすると、図3のように、平らな地面であっても水が流れるという現象が生じます[3]。
これは重力が影響しているからです。重い物質が地中にあると、そちらの方向に重力が働き、水が動いてしまうことになります。
標高を測るということは、水が動かないジオイドを基準にしなくてはならないのです。
次に、ではジオイドはどのように測るか。
これまでも地上重力データ、船上重力データは測定されてきましたが、日本全土を網羅するものではありませんでした。
そこで2018年から航空重力測量プロジェクトが開始されました。これは飛行機に重力計を載せて、日本全国からくまなく採集した重力データから求めます。精度は0.75mGalクラスです[5]。
ちなみに重力単位g(=980Gal)の1万分の1で地下の構造がある程度わかり、100万分の1で月や太陽の引力による潮汐の効果が見え始め、1,000万分の1で地殻変動、地下水移動や火山活動に伴うマグマの移動等がわかり始めるといわれます[8]。
このような測量の結果、日本国内のジオイドの精度は 3cm を目指すレベルに到達しました。
以上をまとめると図4のようになります[3]。日本付近のジオイド高を1万倍に誇張しています。
●やっと本題の標高改定
衛星を使うGNSS測量では、衛星から地表面までの正確な距離(楕円体高)を求めることができます。標高はジオイドを考慮しなければならないので、
標高=楕円体高-ジオイド高
となります。
楕円体高とジオイド高とも相当の精度の全国データを収集することができるようになりましたので、標高も高い精度で得ることができます。
このような準備を経て、国土地理院は、今年(2025年)4月1日に電子基準点などの基準点の標高成果について衛星測位を基盤とする最新の値へ改定する、と発表しました。図5は新旧の標高体系を比べています[4]。
改定の効果としては、
・地殻変動で累積した現実と標高成果とのズレを解消
・従来よりも迅速かつ高精度に現況にあった標高を取得可能(たとえば地震直後の測量)→従来6ヶ月から1ヶ月へ
2024年7月25日の富士山標高の測量は、この改定に向けたデモンストレーションでもありました。富士山の頂上には三角点、水準点、電子基準点が置かれていて、安全ロープを装着する等、危険な環境下で測量作業をおこなっていました。
図6はその際の動画から引用しました[6]。
●ともかく基盤が大事
このような精密な位置情報(国家座標)が基盤として整備されると、いろいろな応用が考えられます。
対象例としては次のような領域が挙げられています[7]。
i-Construction,ICT施工,BIM/CIM,国土交通データプラットフォーム,スマートシティ,自動運転,ドローン,AI,ビッグデータ,フィジカル空間,サイバー空間,公共測量
柔らかい地球表面上で、さらにいくつもの大陸プレートにはさまれて、地震大国でもあるわが国では、標高が常に変化しています。それを速やかにデータ化することは、災害対策や予知にも役立つものと思います。勉強になりました。■
(1) Global Positioning System. 米国の全地球測位衛星システムを指します。日本では準天頂衛星システムQuasi-Zenith Satellite System(QZSS)でGPSを補完しています。
(2) 日本の位置(緯度・経度)の基準を表す国家基準点。三角点は全国に約10万点。日本緯経度原点は東京都港区麻布台(東京天文台跡)に設置されています。
(3) 水準点は、精度の高い高さ(標高)の座標値をもった基準点。一等水準点は、主に主要国道沿いに約2キロメートルに設置され、標石は100キログラム以上の花崗岩です。日本水準原点は東京都千代田区永田町(憲政記念館敷地)に設置されています。
(4) 全球測位衛星システム(Global Navigation Satellite System:GNSS)観測点を指し、全国約1,300か所に設置されています。
[1] 「日本列島の地殻変動」 ここで東日本大震災(2011年)の前後でどのような地殻変動があったかを見ることができます。 https://www.youtube.com/watch?v=Wm_L3Cbjv1E
[2] 重力とは https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/grageo_gravity.html
[3] ジオイドとは https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/grageo_geoid.html
[4] 令和7年度 全国の標高成果の改定 https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/hyoko2024rev.html#shikumi1
[5] 航空重力測量、2022年2月24日 https://www.gsi.go.jp/common/000238188.pdf
[6] 【動画】富士山で三角点の測量作業を実施しました https://www.gsi.go.jp/sokuchi/fuji_videos/index.html
[7] 国家座標を解説する https://www.gsi.go.jp/common/000237685.pptx
[8] 地上で重力を測る https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/grageo_gravitysurvey.html