行政のための文字

(2025.01.19)
2025年1月7日にデジタル庁で、「地方公共団体情報システムにおける文字の標準化に関する有識者会議(第1回)」が開催されました。
https://www.digital.go.jp/councils/local-governments-character-specification-revise-experts-meeting/149a0bf0-80f5-41d2-abad-7f80202b1405
●「文字」は鬼門
新聞や教科書で使われる漢字は「常用漢字表」の2,136字が原則となっています。日常生活においてはほぼこれだけで足ります。
日本語のコンピュータ処理において特に問題になるのは、氏名や住所に現れる常用漢字以外の文字が存在することです。
紙で書いて、それらを別々に保存しているだけであれば、何ら問題は生じませんが、いざ電子化して行政システムで共有しようとしたとたんに、文字の問題に直面します。
●文字種はどんどん増える
図1は文字情報基盤整備事業[2]のホームページから引用したものです。
例示されている「辺」という漢字は常用漢字ですが、さらに「JIS X 0213」の異体字や、住基ネットワークの文字群もあります。
ここまで文字種を増やす必要があったのは日本特有の戸籍制度にあります。そのデジタル化が苦難の始まりでした。

●字体、字形、字種
文化庁の説明[3]にあるように、字体、字形、字種は異なります。字体は文字の意味概念、字形はそれを具象化したものです。一つの字体に複数の字形が存在することがあります。図1の「辺」などもその一例です。
●戸籍システム
昔は手書きで、筆などを使って氏名を書いていましたから、書き手によって字の形が異なることが多かったようです。戸籍に氏名を届ける際にも、届ける本人あるいは係員が文字を書き誤ったりすることもあったでしょう。
しかしどんな字形であっても戸籍にはその形のままで登録されることになります。
そのような特殊な字形のデジタル化に対しては、「外字」として新たにフォントを作成します。この作成作業は主に行政システムの開発や保守を担当する業者がおこないますので、他の行政区域のシステムでは利用できません。
それでどうなるかというと、ある市から他の市に転居した人の氏名が外字を使っていると、転居先の市で住民票を印刷すると氏名が印刷されないという事態になります。外字のデータは元の市のシステムにしか存在しないためです。
戸籍システムを管轄する法務省としても、自治体の行政サービスと連携するために、文字の扱いについて検討してきました[4]。その結果は図2に示すように、必要な文字(外字を含む)を包含した文字体系の下で、戸籍システムや自治体システムを運用して整合させようとするものです。

●MJからMJ+への拡張
そのような統一した文字体系として、文字情報基盤文字(MJ)は図1のように住基ネットワークシステムや戸籍統一文字も含めて、きわめて広い範囲の文字を包含しています(58,862字)。
しかしMJに取り込めなかった外字がまだ5万字も残っていました。
そこで2023年から検討をおこない、取り込めなかった文字を約1万字まで絞り、MJに追加することになりました。これを行政事務標準文字(MJ+)とよびます(図3)。
MJ+には基本的にそれ以上の字形は追加しないものとし、この約7万字が日本で用いる文字セットの最終形となります。

そこで、具体的に各自治体で使用されている文字をMJ+に含めることができるかどうかの「文字包摂ガイドライン」と、その文字がMJ+にすでに登録されているかどうかを判定する「同定支援ツール」を、デジタル庁から各自治体に提供しています(注1)。
(注1) 提供後8ヶ月で715自治体(55%)が利用、利用希望は1,300自治体(72%)。(2024年11月時点)
●有識者会議の役割
行政事務標準文字(MJ+)への移行を2025年度末に完了する予定ですが、具体的な作業においてさまざまな問題が新たに発生する可能性があります。
今回の有識者会議では、次のようないくつかの課題を検討する予定です。
・一部の国民の氏名等の文字がデザイン差の範囲で包摂されることを周知する際、わかりやすい言葉で広報する必要性
・改製不適合戸籍(注2)の文字の取扱い
・行政事務標準文字に係る国際標準化の進め方
(注2) 改製不適合戸籍とは戸籍の氏又は名の文字が誤字で記載されているなど、コンピュータによる取扱いに適合しない戸籍。現在紙で管理している改製不適合戸籍で使用されている文字は行政事務標準文字の検討の範囲外となります。
●名前へのこだわり
誰しも自分の名前は大事なものと認識し、こだわりを持っているものです。戸籍の外字扱いされるような難しい字、珍しい字もそのようなアイデンティティの一つといえます。
他方、自分の名前はめんどうな外字ではなく、ごく標準的な字形で書いたり、表示してかまわないという人もいるのではないかと思います。
個人のこだわり、アイデンティティを尊重する立場と、そのためのコストを気にする立場の両方とも大切でしょう。
現実の社会ではいろいろな妥協のかたちが現れています。
三重県桑名市では、生徒氏名の外字を”教員が作成”(!)していたのを止め、外字扱いの文字は代替文字で表記するようにしました。その結果、保護者からも特にクレームは出ておらず、教員の負担は大きく減ったそうです[5]。
筆者のような年代の視力では、渡邊さんと渡邉さん、斎藤さんと齋藤さんのような画数の多い文字の差がもはや識別できません。日本人全体で視力は低下していくようですから[6]、複雑な異体字の読み間違いや書き間違いはますますひどくなっていくでしょう。■
[1]地方公共団体情報システムにおける文字の標準化に関する有識者会議(第1回)(2025年1月7日)資料3
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/149a0bf0-80f5-41d2-abad-7f80202b1405/c8572bae/202501015_meeting_local-governments-character_01.pdf
[2]文字情報基盤
https://imi.go.jp/mj/
[3]文化庁「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)について」、2016年2月29日
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2016022902.pdf
[4]法務省・戸籍統一文字に関するワーキンググループ第1回会議(2019年12月25日)資料1
https://www.moj.go.jp/content/001316191.pdf
[5]下川和男「多くの自治体が直面する「人名外字問題」の対応が急務」【後編】、2022年12月6日
https://project.nikkeibp.co.jp/pc/atcl/19/06/21/00003/120500408/
[6]日経新聞「視力「1.0未満」の中学生6割 進む近視、スマホの影響も」、2023年11月28日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE274SN0X21C23A1000000/