ビジネスとアート
(2024.09.16)
9月9日に「コンテンツ官民協議会(第1回)」及び「映画戦略企画委員会」が同時開催されました(※1)。
「知的財産推進計画 2024」(※2)及び「新たなクールジャパン戦略」(※3)では、コンテンツ産業を基幹産業と位置付け、さらに、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2024 年改訂版」(※4)の中に「コンテンツ産業活性化戦略」が明記されました。
この「コンテンツ産業活性化戦略」の中に、コンテンツ産業官民協議会とその下に映画戦略企画委員会の設置が決められていました。
●コンテンツ産業官民協議会
関係府省等及びコンテンツ関係者(クリエイター、関係業界等)から構成されます。
この協議会の目的は、クリエイター・コンテンツ産業に係る政府の司令塔機能であること、その上で、クリエイターの発掘・育成や海外展開支援に取り組むとしています。
●映画戦略企画委員会
コンテンツ産業官民協議会の下、関係府省等及び映画関係者(クリエイター、関係業界等)から構成されます。
映画関連のクリエイターが安心して持続的に働ける環境の整備、映画に関する支援制度の在り方、映画の海外展開・発信、映画のロケ誘致等について具体的な方策の企画立案を行います。
●日本のコンテンツ産業
会議で配布された「基礎資料」には、今のわが国のコンテンツ産業について概況がまとめられています(図1)。コンテンツ市場規模は米国、中国に続いて世界第3位(13.1兆円)、輸出額では鉄鋼産業、半導体産業に匹敵する額(4.7兆円)です。
面白いのはコンテンツの海外進出の日中韓比較(図2)です。日本はアニメと家庭用ゲームが中韓に対して圧倒的なのに対して、実写の映画・ドラマについては韓国を下回り、PC・スマートフォン向けゲームは中国の10分の1程度です。お国ぶりというか、産業の強化策の違いというか、これほど際立った違いがあることを再認識しました。
また映像コンテンツによる海外収入については、9.7億ドルのうちアニメが8割を占めています。
●日本産キャラクターの圧倒的強さ
古い世代にとって、「キャラクター」といえばディズニーのアニメ主人公をまっさきに思い浮かべます。2024年初めにようやくパブリックドメインとなったミッキーマウス(初代)はその代表です。
しかし資料によると、キャラクターの累積収入額ではポケモンが第一位(1,470億ドル)であり、この金額はミッキーマウスのファミリーの実に倍以上です(図3)。第二位がハローキティ(890億ドル)ですから、日本産のキャラクターの突出が目立ちます。他にもアンパンマン、少年ジャンプ、マリオ、ドラゴンボール、ガンダムが16位までにずらりと並んでいます。
工業製品だけでなく、キャラクター分野でも日本製品がこれほど力を持っていることは驚きでした。
インバウンドで、海外から多数の観光客が来日していますが、そのうちの相当数はこれらのキャラクターの影響により誘因されているのではないか、とさえ思います。
かつて、マンガは子供の教育にとって害悪である(今でもそう思われているかもしれませんが)という声があったことを思うと、マンガやアニメーションが日本の産業にとって期待の星に持ち上げられていることを見て、つい皮肉の一つも言ってみたくなるような気分です。
そして、これまで大きな支援もせず、ここに来て国産コンテンツの旗振りを始めた日本政府の態度も、それ”ただ乗り”と言いませんか。
●オンラインかオフラインか
ストリーミングは動画や音楽をオンラインの状態で視聴することです。
オフライン型メディアとはここではモノの形になったメディアを指すことにします。古くはVHSビデオテープ、CD、最近ではDVDやBlu-rayがそれらの代表です。オフラインの環境で視聴するものです。
資料中のストリーミング配信サービスのNetflixの売上高の推移を見ると、2013年~2023年の10年間で約8倍弱の伸長がありました(図4)。Netflixはその事業規模の拡大に合わせて独自コンテンツの制作も始めており、今や日本の民放テレビ局4社を合わせた5倍もの制作費をかけています。
また音楽市場を見ても、世界では2015年以降、一気にストリーミングが拡大してオフライン型の4倍近くになっているのに対して、日本国内はストリーミングは1/3にとどまっています(図5)。この面では、日本は世界とはまったく異なる志向を持っているといえます。
●現場へのしわ寄せ
ここまでがコンテンツ官民協議会の議論のイントロダクションです。
これから本題です。
浅沼誠委員(バンダイナムコ)の資料には、アニメーション制作現場の課題、特に人材育成の現状について書かれています。映像配信サービスの拡大によって市場自体は大きくなっているが、その中心はNetflixやAmazon等の海外のプラットフォームです。日本の制作会社への還元は少なく、利益は海外に流出している状況らしい。
日本のアニメーション生産力は高く、20年間で生産量3倍に増えています。それを支えるアニメーション制作会社はこの10年間に2倍になりましたが、赤字企業は4年連続で3割を超すような過当競争状態になっています。当然のことながら、アニメーターの給与も増やせない状態は、先行きの明るい産業とはけっして言えません。特に心配されるのは海外への人材流出です。
●”宝の山”か”ゴミの山”か
庵野秀明委員(映画監督)は、アニメーションの成果物を蓄積するアーカイブの整備や、映像産業への優遇税制が必要であると主張しています。
逆に言えば、今までそのような制度が無かったということ自体が驚きです。今の映像産業は、公的な支援もなく、ひたすら現場の頑張りで支えられてきたということです。
アーカイブに関しては、たとえば日本では漫画の原画は”産業廃棄物”に近い扱いのようです。それらを海外の収集家が高額で買い取っているとか。江戸時代に包み紙扱いだった浮世絵とか、明治初期に海外に流出した仏像のことを思い出します。
●ビジネスと芸術、そして補助金
内山隆委員(青山学院大学)は「日本映画制作適正化機構(映適)」について触れています。映適は2022年に発足した一般社団法人で、映画スタッフが安心して働ける環境を作るために活動している第三者機関です。ともすればブラックになりがちな労働環境を改善する目的を持っています。
また、映画は娯楽産業でもあり、また芸術活動でもあります。補助金制度についてもその二面性をバランスさせるための議論が必要とのことです。
●ビジネスとアート
他の委員の方々からも、映像産業の劣悪な雇用環境や、クリエーターの先細りに対して強いメッセージが出ています。
見渡してみれば、このような話はいろいろな産業で同じような構図で現れています。
農地や工場で、毎日同じ仕事を繰り返している「労働者」のモデルを想定すれば、その働き方改善や報酬アップ、そして人材育成への投資等もある程度、考えやすいと思います。
しかしマンガ、アニメーション、映像といった分野は、それ自体がビジネスでもあり、また個々人の芸術活動によって成り立っています。単純な労働ではありません。その分、そういうアートに関わる人たちの育成は難しいのです。
●科学の研究も同じ
もっと拡大して考えると、科学技術の研究も同じではないかと思います。大学の研究者は教育活動というビジネスを支えると同時に、研究というアート活動を進めています。ビジネスならば時間なり報酬を計算することができますが、アートの価値は必ずしも測定できません。日本の研究力が低下しているという話題も、つきつめれば研究がビジネスとしてもアートとしても成り立ちづらくなっているということではないでしょうか。
そういう仕事に従事している「アーティスト」に対して、国がどのような支援をすれば、産業自体が発展し、かつアーティスト個人も幸福になれるか、が一番の課題でしょう。
映像産業に限らず、これからの知的財産を支える人材や仕組みについて、しっかり検討してほしいところです。ひとつでも成功例が見えれば、その普遍化によって、日本の知的活動(アート活動)全体の底上げが期待できます。
●日本人の創造性
米国アカデミー賞やエミー賞の受賞者に日本人が入っていると、やはりうれしいものです。
海外から来た人が、日本のごく普通の高校生がノートの片隅にささっとマンガ風の絵を落書きするのを見て、その画力に驚くそうです。鳥獣戯画以来の伝統ですね。■
※1 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/wgkaisai/contents_dai1/index.html
※2 知的財産推進計画2024 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/pdf/siryou2.pdf
※3 新たなクールジャパン戦略 https://www.cao.go.jp/cool_japan/aratana/pdf/honbun.pdf
※4 新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/ap2024.pdf