毎日の景気

(2024.08.20)
8月13日に、内閣府の「銀行口座データを活用したコロナ禍における企業支援策の分析」という報告書が公表されました(※1)。内閣府の経済財政分析担当が執筆したもので、データ分析には大学の研究者の支援を受けています。
新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の拡大期には、個人や家庭に対する経済的支援の他に、事業者に対しても「持続化給付金」、「雇用調整助成金」、「時短協力金」の給付がおこなわれました。
ようやくCOVID-19が落ち着いてきた段階で、どのような事業者が給付の対象となったのか、また給付がもたらした効果はどのようなものがあったのかをきちんと検証する必要があります。
この報告書もその要請に沿ったものと言えます。

●「証拠に基づく政策立案(EBPM)」
政策の立案にあたって、政府全体として取り組んでいるのは「証拠に基づく政策立案(EBPM)」です。
EBPMとは Evidence-Based Policy Making の略で、「政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすることです(※2)」。
要するに、客観的なデータを元にして、論理的に計画を立てて、その達成度もなるべく客観的に評価しようという話です。
今、すべての省庁がこのEBPMに取り組んでいるのですが、それでも行政の現場担当者にとってはなかなかわかりづらい事柄が多いようなので、行政改革推進本部から丁寧なガイドブックが発行されています(※3)。これはとてもわかりやすい資料ですので、行政だけでなく、企業の経営にも使えるものと思います。

●統計調査では追いつかない
しかし、EBPMの実践で最初につまづくのは「客観的なデータ」の入手です。
「持続化給付金」、「雇用調整助成金」等をどのような企業が受け取ったか、それが事業経営のどこに効き目があったか、を説明するためのデータが必要です。
従来から財務省は統計法にもとづいて「法人企業統計調査」(※4)を四半期ごとに実施しています。この調査では資本金・出資金1,000万円以上の営利法人を対象として(規模の大きい法人は全数、他はサンプリング)、資産・負債・純資産・損益・売上高等のかなり細かい企業情報を収集します。
この集計結果の公表は調査の3か月後です。
常に3か月の時間遅れがありますので、「持続化給付金」のような緊急対応のコントロールも時間的に粗くならざるを得ません。

●銀行口座を直接観察する
この問題に対する一つの解決方法として、この報告書では「企業が持つ銀行口座の入出金記録」そのものを分析して、ほぼリアルタイムで企業の状況を把握しようとしています。
大手のM銀行の口座情報を用いて(もちろん匿名化をした上で)、毎日の金の出入りを仕訳します。他企業からの入金であれば売掛金の回収、送金であれば買掛金や税の支払い、個人宛の出金は人件費等々の類推が可能です。
このような仕訳ルールを決めて、中小企業49万社の売上高と人件費を再現してみると、法人企業統計調査よりも早く、一定の精度で把握できることがわかったそうです(図1)。

図1. 再現された売上高・人件費と統計データの比較

●支援金の効果やいかに?
以上の処理を施した上で、特に再現性の高い540社を選出して、企業支援策を受給した企業、受給が確認できなかった企業について業績指標(売上高、人件費、従業員)を比較すると、次のような結果が得られました。
受給したほうの企業の特徴は、
・売上高の水準が低い
・COVID-19感染拡大後の2020年半ば以降、売上高下落
・人件費の水準が高い
・従業員数が多い
図2は上の方法で再現した再現売上高・人件費・従業員数に対する、企業支援金の受給ある/なしの比較です。

図2. 再現された売上高・人件費・従業員数と支援金の受給有無

この結果、給付金は、
・売上高に比して固定費(人件費)が高くて、ショックに脆弱な財務構造を持つ一方
・多くの雇用を生み出している企業に対して支給されており、
・事業の存続、雇用維持という観点から、「的確な対象に支給された」
と考えられるという結論でした。
特に中小企業の雇用維持と倒産防止を第一に考えた支援策でしたから、この結論は納得できるものでしょう。

●統計調査が多すぎる?
上の法人企業統計調査の他にも、法人のバランスシートや損益等を尋ねる国の調査は、「経済センサス」や「経済構造実態調査」などがあります。年一回、必ず問い合わせが来るこれらの調査票に対して、同じような数値を繰り返し入力しなければならない企業側担当者はたいへんだろうと思います。
問答集(※5)の中にすでにこのような問いが現れています。

  (質問)
  同じ様な調査がいくつも来ますが、すでに国に提出している情報で代用することは出来ないのでしょうか?
  (回答)
  経済構造実態調査(総務省・経済産業省)、法人企業統計(財務省)及び科学技術研究調査(総務省)と本調査で重複した調査対象企業においては、一部の重複している調査項目についてデータ移送を行うことにより、本調査では記入しなくていいよう、できる限りの記入負担の軽減に努めています。
やれやれ、データの自動流用は今後の宿題だそうです。

●グレーな部分
今回の分析ではM銀行の法人口座データが元になっています。
あくまでも研究目的なので、特別な守秘契約の上でこのような(匿名化済みの)口座データが提供されたものと思われます。
少々、不安を覚えるのは、万が一、このようなリアルな口座データが丸ごと流出してしまったら、どうなるかという点です。金融機関の外部から、さまざまな手段で侵入して情報を盗もうとする輩(やから)が絶えない昨今ですし、人の操作ミスもあり得ます。研究データの取扱いは、データを出す側も、受け取る側も細心の注意が必要でしょう。
口座データの持ち主である法人や個人にとっても、今やこういう形でデータが利用されうるということは覚えておいたほうがよいです。
たしかにこのような口座データを利用することで、従来は間接的なアンケート調査から3ヶ月遅れで入手していた業績情報が、ほぼリアルタイムで集約できることになります。天気予報の高精度化やリアルタイム化と同様に、詳細な口座データの動きから経済全体の動きを察知できるようになるメリットがあります。
たぶん同じ狙いで、内閣府は家計簿アプリを対象とした分析もすでにおこなっています(※6)。
とにかくデジタル化によって、使えそうなデータは使おうというのが政府の考え方といえるでしょう。
マイナンバーと銀行口座の紐づけというだけで大炎上してしまうわが国において、このような銀行口座を直接観察するという経済分析のトレンドが静かに進行しています。■

※1 https://www5.cao.go.jp/keizai3/2024/08seisakukadai26-2.pdf
※2 内閣府におけるEBPMへの取組 https://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html
※3 EBPMガイドブック 第1.2版(内閣官房行政改革推進本部、2023年4月3日) https://www.gyoukaku.go.jp/ebpm/img/guidebook1.0_221107.pdf
※4 法人企業統計調査 https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/index.htm
※5 経済産業省 https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kikatu/qa.html
※6 「特別定額給付金が家計消費に与えた影響-リアルタイムに記録される家計簿アプリデータを活用した分析-」(2023年8月16日) https://www5.cao.go.jp/keizai3/2023/08seisakukadai22-0.pdf

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