農業はブラックか

(2024.10.04)
10月1日に、農林水産省にて「農業の労働環境改善に向けた政策の在り方に関する検討会第1回」が開催されました。
https://www.maff.go.jp/j/study/work_kaizen.html

農業の人材確保とその労働環境改善は重要な課題になっています。それを反映して、2024年6月の「食料・農業・農村基本法」の改正においては、「農業の雇用に資する労働環境の整備」が明記されました。
そこで、特に重要な検討課題である各種労働関係法制における農業の取扱いを含め、農業の労働環境改善に向けた検討会を設置したという経緯です。
会自体は非公開形式ですので、公開資料のみから議論を推測せざるを得ません。
概況は同会の資料3にまとめられています(※1)

●農業の労働環境
少子高齢化が進む中で、国内の労働人材はあらゆる産業分野で取り合い状態になっています。農業の立場からいえば、
”他産業と比較しても遜色のない労働環境”
”農業特有の働き方について労働関係法制上の特例”
の2点が課題となります。

●農業の法人化が進む
・法人経営は増加、販売額の約4割、経営耕地面積の約1/4
・1億円以上販売する経営体の6割は法人
・農業就業者全体は300万人(1999年)→181万人(2023年)に減少しているが、雇用者は28万人→55万人に増加
・新規に就農する人のうち、雇用者は減っていない(約9千人)
・49歳以下の新規雇用就農者の約9割が非農家出身

・農林漁業の有効求人倍率は、全分野よりも高い水準で移行(慢性的人手不足)

●農業は法律の適用除外が多い
労働者にとっての保険制度や労働規制にはいくつかの種類があります。
事業者として関係があるのは次のA~Cです。

A. 被用者保険(健康保険法、厚生年金保険法)
農林水産業については、法人のみが加入を義務づけられていますが、個人事業者は任意加入となっています。
(他の分野では常時5人以上を使用している個人事業者も強制加入の対象です。)
なお農林業において、常時5人以上を使用している個人経営体は約1,400あるといわれます。
説明がややこしいので、図1を参照してください(※2)。

図1. 被用者保険の適用範囲

B. 労働保険(労働者災害補償保険法、雇用保険法)
法人及び労働者常時5人以上の個人経営体は強制加入です。
しかし労働者常時5人未満の個人経営体は任意加入となっています(約2万件)。

C. 労働基準法
一般の産業分野には1日8時間、1週間40時間以内という労働時間の規制があります。
しかし農業には(法人も含めて)まったく「適用されません」。

このように労働に関わる各種の法制度においては、農林業は適用除外となっている場合が多いことがわかります。
その理由としては、小規模で変動が著しいとか、保険料を徴収しにくいとか、労働時間が天候等に左右されるとか、いろいろ説明されています。

●農作業の危険度は建設業よりも高い
実際には農作業中の事故死亡者は238人(2022年)となっていて、けっして少ない数ではありません。
事故原因としては、機械の転落・転倒が多いのですが、その他では熱中症が目立ちます(全体の12%)。
就業者10万人当たりの死亡事故数(11.1人)は建設業(5.9人)の2倍に相当します。
やはり農業においても労働保険あるいはそれに代わる保険制度が必要でしょう。

●雇用者の満足度
資料には、常雇いの人がどのような労働状況にあるか、まとめられています。

・農繁期の平均的な実労働時間は1日8時間以内だが、1週間あたりでは約半数の経営体で40時間を超えている
・時間外・休日労働に対する割増賃金については、法定割合以上を支払っている経営体と、まったく支払っていない経営体とに分かれる
・労働時間、休憩時間、休日数については雇用者の半数以上が満足している

このように眺めると、農業の労働条件はそれほど悪くないように感じます。

●雇用者の期待
農業の雇用者が就農前に重視した労働環境として、
「安定した収入」
「経営者の人柄」
「ハラスメントが無いこと」
「雇用保険・労災保険・健康保険・厚生年金保険への加入」
の割合が8割を超えているそうです。
制度面ではやはり保険の適用を優先して検討すべきでしょう。

この検討会では厚生労働省も資料を出しています。それによると、農業に限らず、零細な個人経営体に対して保険適用を推進して、勤労者皆保険を実現しようと考えているようです。

●農業の新しい働き手
農業従事者のうち、23%は法人に雇用されている人たちです。
その中の若い新規雇用就農者は非農家出身の人が大半を占めています。
農業法人が増加し、そこで働く人も増えていくことによって、「農家の跡取りが農業を継ぐ」という意識も薄らいでいくことでしょう。

JA共済連が実施したアンケート調査では、農業未経験者のうち2割以上が「農業をやってみたい」と回答し、学生の3割は農業への就職の可能性があると回答しているそうです。
これらの意識調査の結果だけ見ると、農業の未来も明るく感じられます。

そうであれば、なおさら”他産業と比較しても遜色のない労働環境”を早く整備しなければならないという農林水産省の切迫感もわかります。

●変わる産業イメージ
農林水産業は第一次産業、製造業は第二次産業、サービス業は第三次産業といった分類は今も変わりません。しかし、これまで見てきたように雇用とか労働条件とかという言葉を使いだすと、もう第一次産業も工場のようなイメージで考えないといけないのかもしれません。
今や農業は「競争力のある農産品」、「高い生産性」、「安定的に高い収益」といったキーワードを連ねて、製造業やサービス業と同じ感覚で経営しなければならない状況になりつつあります。
Agriculture+Business=Agribusiness というわけです。

●農林水産省の中に就農・女性課という課があることを初めて知りました。「女性課」という名称は珍しいのではないかと思います。省を挙げて女性の活躍を応援していますね(※3)。■

※1 資料3:農業分野の労働環境改善をめぐる現状と課題 https://www.maff.go.jp/j/study/attach/pdf/work_kaizen-4.pdf
※2 厚生労働省「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」第6回(2024年5月28日)資料1「個人事業所に係る適用範囲の在り方について」 https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/001257528.pdf
※3 農林水産省「女性の活躍を応援します」 https://www.maff.go.jp/j/keiei/jyosei/

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