たぶん大丈夫
(2023.05.17)
5月15日にデジタル庁から「よくある質問:マイナンバーカードの健康保険証利用について」が追加されたというニュースが出ました。
(https://www.digital.go.jp/policies/mynumber/faq-insurance-card/)
マイナンバーカードを巡る、トラブルが頻発しています。住民票交付サービスで、他人の情報が印刷されたり(東京都足立区、横浜市、川崎市、徳島市など延べ14件)、マイナ保険証で別人の情報が表示される(5件)といった問題が発生しました。マイナ保険証のトラブルについては、背後に保険証データの誤登録が約7,300件も潜在していて、それが露顕した結果だといいます。
今、デジタル庁としては火消しに懸命です。
今回、「よくある質問」にマイナンバーカードの健康保険証利用を付け加えたのも、国民の不安や疑念を解消したいという狙いがあります。
書かれている質問と回答は、たとえばトラブルが発生した場合の問い合わせ先、紛失した場合の再発行の期間、とかのありがちなものが掲げられています。
まあこれまでのマイナンバーを巡る紆余曲折の経緯を、デジタル庁が尻拭いしている感はありますが、まず正直に書いていると思われます。
●「大丈夫」と「たぶん大丈夫」の違い
「絶対、大丈夫か」と問われて、「大丈夫です」と答えるくらいの誠意が、この質問集の書きぶりに現れています。
技術者のような(馬鹿正直な)者は、「たぶん大丈夫」くらいしか答えられませんが、政策担当者としては大丈夫と言い切ることが必要です。それは正しいと思います。
「たぶん大丈夫」というのは科学者・技術者の良心の現れですが、しかし100%大丈夫とは永遠になりません。原子力発電においても「たぶん大丈夫」がまかり通っていて、それで日本の社会は回っています。現実とはそういうものです。
政策の前面に立っている者が「大丈夫」と言い切っている後ろで、システムの技術者は「誠意をもってどこまで100%大丈夫に近づけたか」には答える用意が必要です。
●ソフトウェアの世界の「大丈夫」
今回の連続したトラブルはいろいろな要因が別々に影響しているものです。
第一は開発側のテストの不十分さです。通信が関係するシステムのテストは元々難しいとされています。今回も、ごく短い時間間隔のうちに処理要求が重なったという特殊なケースです。たしかに原因を知った後では、いとも簡単に解決できそうな話ですが、何も起きていない状況で、このような特殊なケースを想定することはたいへん難しいことになります。現実には、実際のシステムに近いテスト環境を使って、条件を変えながら何度もテストを繰り返して、”稀にしか発生しない事態”をあぶり出すしか方法がありません。そういうテストを実行した回数が「たぶん大丈夫」の証拠となります。
残念ながら、今回の件は、もし国民の目に触れるような形でトラブルが発生したら、マイナンバー制度の政策全体を吹き飛ばすくらいのインパクトを持つことが、開発した富士通Japan側に予想されていなかったのではないでしょうか。政策に対する感度が鈍かったとも言えます。さもなければ、もう少し実地テストに時間と人をかけていてもおかしくありません。
●「たぶん大丈夫」で保っている社会
第二はその逆に、国のシステムは完全無欠でなければ許さず、さもなければ一切使わないとする利用者側のマインドの問題です。システムにトラブルは付き物であり、具体的な被害が出ていないかぎりは、”ベータ版テスト”(※1)と割り切って利用し続ける、というおおらかさが、デジタル化には必要です。
現在の社会で使われている様々な電子機器(家電、自動車、その他)のほとんどは、ソフトウェア(ファームウェアともいいます)で制御されています。それらのソフトウェアはすべて「たぶん大丈夫」というレベルで出荷されています。おそらく気づかないレベルの小さなトラブルは日常茶飯事で発生しているはずです。
●「共に創る(共創)」
開発側(あるいは国)と利用者(国民)が、ソフトウェアをめぐって意識を共有して、「共創」の関係になれば、これから進展するデジタル化社会においても、大事にはいたらない気がします。しかし悲しいかな、「大丈夫」と宣言し続ける政府と、情報システムのリテラシーが弱くて不安になりがちな国民の間に大きな溝があります。またその溝を致命傷のごとく強調する情弱のマスメディアがいます。
たしかに、今回のマイナンバーカードを巡るトラブルは、個人情報の扱いにおいて重大な問題がありますので、早急な対処は当然です。今回のような事案が再発しないように、また仮に再発しても最小限の被害でとどまるように、メーカーには努めてもらいたいところです。しかしこれからは、国民、政府ともに、もう少しデジタル化に対する歩み寄りがなされるべきでしょう。■
※1 ソフトウェアの最終完成版に近づきつつある版(ベータ版)と解釈する