社会情緒資産について
(2023.03.12)
先日のブログで「社会情緒資産」(Socioemotional Wealth: SEW)という言葉を出しました。私自身、不勉強でこの言葉をよく知らなかったので、少し文献などを調べてみました。
2007年の論文(※1)からSEWという言葉は使われるようになったそうで、それによれば、同族経営(ファミリー・ビジネス)において、
「金回りのことよりも別のことが重視される」
という意味です。何が重視されるかというと、
「家業を保有・経営し続けたいという意志」、
「事業による一族の永続」、
「同族内の助け合い」
が重視されるというものです。
この論文では、実際にスペインの家族経営のオリーブオイル工場1,237社を調査して、協同組合に参加するかどうかの判断をどのようにおこなったかを分析しました。その結果、
「同族企業は(SEWを失うことを恐れるので)協同組合へ加盟しない傾向があり,またその傾向は創業家の経営への関与が強いほど高い」
という結果を得ています。つまり、
「同族会社の関心事は社会的感情的な富の喪失であり、その喪失を避けるために、同族会社は業績に対する大きなリスクを喜んで受け入れる」
ということです。それゆえ、協同組合に加盟することで経営的なリスクは下げられるにもかかわらず、あえて不安定な家族経営にとどまるわけです。
SEWを含めて、同族経営の研究動向についてはサーベイ論文(※2)が有益です。この論文では武田薬品、トヨタ自動車、大王製紙、アイリスオーヤマといった大企業も同族所有/同族経営という視点で分析されていて、企業戦略を見る立場から興味深いものです。
日本には創業100年を越える、いわゆる「老舗企業」が4万社以上存在します。江戸開府以前の創業は152社、さらに業歴1,000年以上は9社を確認したとのこと。老舗企業の約77%は同族承継となっています(※3)。世界で見ても、日本が5割を占めるという顕著な長寿傾向があります(※4)。
この状況を見ると、日本の(特に同族会社の)中小企業の行動原理には、グローバル企業の合理的戦略とは異なる、「情緒的な」考え方が他国よりも色濃く存在していることを示唆していると思われます。特に事業承継にあたっては、この特質を見逃すことはできないでしょう。
あいにく、日本ではこのようなファミリー・ビジネスに関する研究は欧米での研究に比べると日が浅い状況のようです。しかし最近では、日本においてもファミリー・ビジネスという言葉がついた研究会や学会が発足して、この領域の研究や情報交換が盛んになりつつあります。そのような社会情緒資産を含めた同族企業研究から、「細く・長く」をモットーとするような日本独自の企業戦略論やイノベーション理論が生まれてくることを期待します。■
※1 Gomez-Mejia, et.al "Socioemotional Wealth and Business Risks in Family-Controlled Firms - Evidence from Spanish Olive Oil Mills", Administrative Science Quarterly, March 2007, pp.106-137
※2 入山章栄、山野井順一「世界の同族企業研究の潮流」,組織科学 Vol.48, No.1,pp.25-37,2014
※3 帝国データバンク「全国『老舗企業』分析調査(2022年)」、2022.10.12 https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p221003.html
※4 日経BPコンサルティング「世界の長寿企業ランキング」、2022.10.20 https://consult.nikkeibp.co.jp/shunenjigyo-labo/survey_data/I1-06/