暑さと勉強

(2025.03.20)
3月17日に経済産業研究所(RIETI)から「暑さが学力格差に及ぼす影響の分析」[1]が公表されました。これは正式の論文[2]の概要を平易に解説したものです。
◆暑さと学力
論文の結論は次のようにまとめられています。
(1) 前年の夏に暑い日を多く経験した場合、翌春に受験する試験のスコアが平均して低下する
(2) 相対的に学力の低い生徒への負の影響は、相対的に学力の高い生徒への影響に比べて約3倍大きい
(3) 相対的に学力の低い生徒は、学力の高い生徒に比べて親の学歴や世帯所得が低い傾向にあり、暑さが社会経済階層間の学力格差を拡大させることを示唆している

図1がそれを説明しています。
この図は前年の最高気温の日数分布と、翌年の学力調査成績[4]との関係を回帰分析してプロットしたもので、18-22℃の日数を0に規準化しています。
実線グラフは教室にエアコン無し、点線グラフは教室にエアコン有りです。
図の左側のように寒い日が多い場合と、右側のように暑い日が多い場合との両側で成績へのマイナス影響が強く出ていますが、特に暑い日にはエアコン無し(実線グラフ)のほうがマイナス影響が大きいという結果です。

図2は学校内の成績を5つのランクに分けて並べたものです。同じ学校でも成績が下位の生徒のほう(p50より下)が暑さのマイナス影響がより強く出ていることがわかります。
要するに、(学校に)エアコンがないと生徒の成績が悪くなる、特に学力が低い生徒には大きな影響が出る、という意味と解釈できます。
さらに(3)は家庭環境も影響を与えると言っています。
このように、学力を単に試験成績だけでなく、家庭の経済状態も含めて総体的にとらえる考え方を "socioeconomic status (SES) "(社会経済的状況)と言います。
◆根拠としたデータ
この論文の根拠としているデータはほぼ2018年までの調査データです。
・「公立学校施設の空調(冷房)設備設置状況」(2018年)[3]
・「全国学力・学習状況調査」(2007年~2019年)[4]
たしかに2018年頃の公立学校ではエアコン普及率は5割程度でした。
◆2018年以降の変化
文部科学省は、2018年度に補正予算として「ブロック塀・冷房設備対応臨時特例交付金」1,326億円を計上しました。そのうち、エアコン設置費は817億円でした。
これにより、公立学校のエアコン設置率は一気に高まり、2024年時点では、
・小中学校(普通教室) 99.1%
・高校(普通教室) 99.8%
に至りました(図3)。
残念ながら特別教室(実験室や音楽室等)や体育館の設置率はまだ低い状況です。特に体育館は大きく、断熱効果も小さいため、エアコンの効果が小さいとされます。建て直す際に検討するというのが現実のようです。

◆現実が先に変わった珍しい例
図3を見ると、ここで取り上げた論文の根拠データは今はかなり現実と離れてしまったようです。その意味では、残念ながら、この論文の結論が学校のエアコン設置を推進させたとは言えないと思います。
このように研究の分析よりも現実が早く変化するというのは、政策の分野では珍しいケースではないかと思います。
だいたいデータの入手から研究分析の結果が出るまで十年くらいはかかることもあります。わが国ではそれくらいの間は社会状況は大きく変化しないことが多いので、研究者は安心して分析が進められるわけです。
しかし学校のエアコン設置については、数年で図3のような変化がありました。一気に変わったと言えるでしょう。
こういうふうに、実態の変化が研究分析を追い越してしまうということは、経済や社会現象の研究者にとっては迷惑な話かもしれません。
◆勉強環境と経済格差
ただし、勉強する環境が成績にかなり影響を与えるという示唆は依然として重要です。
おそらく比較的豊かな家庭では環境も整っているでしょうから、学校が暑くても、自宅で勉強することが可能です。そのような生徒は成績も上位になってくるでしょう。反面、そうでない家庭の生徒は勉強環境にも恵まれていない可能性があります。
学校の成績と経済格差を単純に結びつけることは危険ですが、環境が勉強嫌いに拍車をかけるというのは、おおいにありうる話でしょう。
少なくとも公立学校の教室でエアコン設置がほぼ完了したのは、生徒にとってたいへん喜ばしいと思います。
◆エアコンと成績
まず、学校のエアコン設置と学力の関係は本当に相関があるのか?
文部科学省では2018年度補正予算の効果を2021年度に調査しています[5]。あくまでも定性的な調査ですが、「授業への集中力が増した」という意見が生徒・教員ともに多かったようです。実際に正答率が改善したという事例も見られています。
さらに健康面においても、熱中症で保健室に来る生徒は激減したという結果が見られています。
めでたし、めでたしというべきです。

◆昭和の夏は涼しかった?
筆者の子供時代は昭和で、かつ地方でしたので、道路はほとんどが土のままで、その道には水たまりがあちこちにありました。
夏は当然暑かったはずですが、絵日記にはだいたい30℃から32℃と書いていた記憶があります。
最近の”殺人的な”猛暑に比べると、ずいぶんと気温が低い気がします。
アスファルトやコンクリートで街が囲まれてしまうと、熱の逃げ場がなくなって、よけいに暑さを感じます。
エアコン(当時はクーラーと呼びました)など庶民の家にはなく、窓を開けて扇風機を回しながら夏休みの宿題をやったという、のどかな思い出があります。■
[1] 明坂弥香、重岡仁:「暑さが学力格差に及ぼす影響の分析」、RIETIノンテクニカルサマリー(2025年3月) https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/25e024.html
[2] M.AKESAKA and H.SHIGEOKA: Hotter Days, Wider Gap: The distributional impact of heat on student achievement, RIETI Discussion Paper Series 25-E-024, March 2025
[3] 文部科学省「公立学校施設の空調(冷房)設備設置状況」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/mext_01278.html
[4] 国立教育政策研究所・教育課程研究センター「全国学力・学習状況調査」https://www.nier.go.jp/kaihatsu/zenkokugakuryoku.html
[5] 文部科学省「空調設置による教育環境向上の効果例」 https://www.mext.go.jp/content/20210930-mxt_sisetujo-1334433_001.pdf