流れに逆らう

(2024.07.25)
国土交通省の「高速道路での逆走対策に関する有識者委員会」(第7回)が7月24日に開催され、会議資料が公開されました。
この有識者委員会を少し過去の回までさかのぼって探索してみようと思います。

まず、自動車が「逆走する」という場合、道路は一方通行であることが前提となります。当然、逆走すると、順方向に走行してきた自動車と正面衝突する危険性があります。さらに、高速道路では互いに高速で走っているために、事故がいっそう重大化する恐れが増します。

この有識者会議は、”重大事故につながる可能性が高い高速道路での逆走に対し、交通工学、自動車工学、安全啓発や交通心理といった幅広い有識者から、効果的な逆走対策に関する助言を頂く”ことを目的として、2015年12月に第1回が開催されました。外部有識者は5名、その他、国土交通省や警察庁から委員が出ています。

●2015年の状況
10年近く前の、第1回会合の資料(※1)をみると、高速道路における逆走事象(事故とは限らない)は211件(2011年度)で、2日に1回発生という状態でした。うち7割の事象は65歳以上の高齢者が起こし、15%は認知症や飲酒運転など危険な運転者でした。また5割が軽自動車だったというのも特徴的です。国内の軽自動車保有率は約4割(※2)ですから、それよりも多めに見えます。

●高速道路の普及が原因?
資料の次ページには面白い図があります。1991年時点の高速道路ネットワークの地図です。全長約5,000kmでした。この時の高速道路は日本列島の主軸を形成する形でした。ちょうど江戸時代の旧街道に沿っています。
これが2015年には8,628kmに延長され、主要道路間を相互結合する道路が増えました。脇街道に相当する道といえます。
そのために、”専ら一般道を利用してきた利用者や高齢者が高速道路を利用する機会が増加”したことが遠因と指摘しています。
便利になるということが、高齢化の負の部分を表面化させてしまう皮肉な状況です。軽自動車の逆走が目立つのも、地方において一般道から気軽に高速道路に入ることが増えたためでしょう。

図1. 高速道路の整備状況(※1から引用)

●逆走の”お国ぶり”
同じ資料に海外との逆走事象の比較があります。

比較項目日本アメリカドイツフランス
死亡事故5.4件/年(2.6%注)261件/年(2.8%注)4.5件/年7.9件/年
運転者の年齢65歳以上68%60歳以上20%65歳以上32%70歳以上37%
運転者の状況飲酒・認知症等5%飲酒59%飲酒15%飲酒・薬物44%
(注)高速道路上の死亡事故における割合

発生件数自体は日本とドイツは同程度、アメリカは高速道路自体が長いので件数は大きいが、死亡事故に占める割合はほぼ同じということがいえそうです。
しかし、日本では高齢者の比率が圧倒的に高いのに比べて、他の3国ではそうではありません。また海外では飲酒が大きな理由になっています。
逆走一つ見ても、各国の社会構造や生活が浮き出ているのは意外な発見でした。

●正しい”乗り過ごし”(特別転回)
逆走の原因を分析してみると、1/3くらいは「行き先を誤った」となっています(※3)。また逆走開始箇所の1/2はインターチェンジやジャンクションでした(2011~2018年まで)。その上位約2割の箇所で約4割の行き先誤りが発生したとのことでした。
そういうときにあわてると逆走を始めてしまうわけです。
正しくは、行き過ぎた先でいったんインターチェンジを降りて、料金所で「特別転回」を申し出ると、反対の入口から入って逆方向に戻ることができます。戻り料金は無料である点は鉄道の乗り過ごしと同じです。
とにかくあわてないことです。
「特別転回」があったインターチェンジの上位1割で約3割の申し出件数を占めているので、やはり行き先誤りの発生場所が偏っていると見ることができます。
そこで2019年以降、そのような要注意箇所について、重点対策を施したそうです。大型の案内標識、高速道路の番号付け、看板の追加、カラー舗装等の対策です。
これらの対策が功を奏したようで、インターチェンジのような”分合流部・出入口部を逆走開始箇所とする事案についても、概成前は約93件/年、 概成後は約71件/年 と減少傾向となっている”とのことです(※4)。(概成とはだいたい完成しているという意味。)

●まだまだ課題は残る
しかし、”本線上から逆走を開始する事案への統一的な対策内容が定まっていないため、新たな対策を検討するべきではないか”という意見も出ています(※4)。最近では、東名高速道路のように複数車線の道路が合流・分流する形が増えてきたため、本線上でうっかり(あるいは故意に)Uターンをする例が発生しているようです。いったん逆走を開始して、本線に入ってしまうともはや止めようがありません。下図(※1より引用)は実際に東名高速道路の吾妻山トンネル内で起きた事故状況図です。写真の下り合流部で左ルートから右ルートに逆方向に入り込んでしまったのが原因で、トンネル内で逆走車に遭遇した順走車がトンネル壁に衝突したものです。

図2. 逆走事故事例(※1より引用)
(2015年7月22日東名高速道路下り線大井松田IC付近)

要するに、流れにさからって走ろうとする車をいかに安全に制御するか、その技術的な解決策が求められるわけです。技術の実用化には時間がかかりそうです。

最近(第7回)の資料によると、逆走事案(事故+確保)の件数は2011年以降、200件前後で推移して、2023年になっても減少していません。そのうちの約2割が事故につながっている点も変化が見られません。
ただし、重大事故(負傷・死亡事故)が、最多だった26件(2016年)から8件(2023年)まで右肩下がりで推移してきたことは幸いです。

ちなみに、国土交通省は2015年時点で、
”目標 2020年までに逆走による重大事故ゼロ”
を掲げていましたが、最近の資料では、2019年の「高速道路における安全・安心基本計画」を反映させて、
”目標 2029年までに逆走による重大事故ゼロ”
と目標修正しました(※5)。まあ、社会や技術の変化に応じて目標の再設定はよくあることです。

●新しい技術の提案
NEXCOの3社は、2016年度に逆走対策の技術公募をおこない、2018年末までに有効と認められた技術を2018年度以降に現地展開する計画を進めました(※6)。
その結果、(1)道路側での逆走車両への注意喚起、(2)逆走の発見と情報収集、(3)車載機器による逆走車両への注意喚起、の3テーマに対して、計28件の提案が採択されました。
それらの技術を379箇所の現地に適用し、”対策前に80.1/年の逆走事案が発生していたが、対策後の発生は7.0件/年”という大きな効果を挙げています(※7)。
さらに2024年から第二次の技術公募も計画されています。これまでの技術に加えて、道路管理設備を活用した検知技術とか、車載カメラ等を活用した自己逆走検知技術が新公募テーマに挙がっています。ゆくゆくは自動運転技術によって逆走を制御することも検討されています(※10)。

実は自動運転技術の一部を道路側に適用するほうがより短い期間で安全対策の効果をあげられるのではないかと思います。民間企業も早いうちから逆走問題には関心を寄せていました(※9)。そこには車の自動運転技術に切磋琢磨している名だたる企業の名前が見られます。
もはや、道路の上を自由自在に車が走るというのではなく、道路によって車が操縦されるという世界に変わってきます。安全性のためには、そのような形にならざるを得ないのかもしれません。

●道路の”ロードマップ”
逆走対策の今後のスケジュール(※8)が出されています。集中的な対策をおこなう箇所と、新たな技術を適用する箇所とに分けて、道路を総合的に整備しようとするものです。
今や、新幹線が日本の鉄道技術の粋と世界から認められているのと同様に、日本の高速道路が世界一の安全運転技術を誇れるようなものに仕上がっていくのが楽しみです。
そうなれば、高齢化という重荷を技術によって解決し、社会をより良くできるということを、日本が立証できるのではないかと思います。■

※1 第1回会合(2015年12月22日)資料 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdf01/haifu.pdf
※2 令和6年4月末の自動車保有車両数 https://www.mlit.go.jp/common/001466403.pdf
※3 第5回会合(2019年10月10日)資料3 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdf05/06.pdf
※4 第6回会合(2023年7月11日)資料4 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdf06/07.pdf
※5 第6回会合(2023年7月11日)資料 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdf06/03.pdf
※6 第4回会合(2018年12月18日)資料4 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdf04/06.pdf
※7 第6回会合(2023年7月11日)資料2 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdf06/05.pdf
※8 第6回会合(2023年7月11日)資料5 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdf06/08.pdf
※9 高速道路での逆走対策に関する官民連携会議第1回(2016年1月22日)資料 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdfren01/haifu.pdf
※10 第7回会合(2024年7月24日)資料3 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/pdf07/05.pdf

Follow me!