デジタルの社印
(2024.07.15)
6月13日に、総務省にて「eシールに係る認定制度の関係規程策定のための有識者会議(第1回)」が開催され、その議事要旨が7月10日に公表されました。
(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/e_seal_yushikisha/02cyber01_04000001_00298.html)
eシールは、企業等が発行する電子データの発行元を証明し、また、電子データに改ざんがないことを証明できるようにするものです。
図(※1より引用)のように、A社が発行した請求書をB社が受け取ったときに、どういう確認をしているかを見るとだいたい想像がつきそうです。メールで送られてきた請求書について、まず、「A社が実在していること」、「その請求書がA社が発行したこと」、「請求書が改ざんされていないこと」の三つを電子的に確認することがポイントです。
●電子署名とeシール
実は三点のうち後ろ二つは「電子署名」と同じです。電子署名については、すでに2010年の電子署名法によって規定されています。ただし電子署名で確認できることは、自然人(いわゆる個人)が書類を発行し、その中身が改ざんされていないことです。A社のような法人が発行したものは対象になりません。
たとえばA社が関わる契約書は「法人A社の代表者が意思表示したもの」ですので、法人A社と代表者の関係を証明するものが必要です。個人の電子署名では不十分です。法人A社の存在とその代表者を厳格に証明できるのは、法務局の「商業登記電子証明書」のみです。
一方、法人では請求書や領収書のように商取引の事実を示す文書が電子的に多量に発行される状況が予想されます。これらは法人発行の正当な書類であることが確認できれば十分で、法人とその代表者の意思を証明する必要は必ずしもありません。
そこで法人発行を証明する電子印として「eシール」が位置づけられています。法人A社から送られてきた請求書にeシールが付けられていれば、正当なものと受取り手が認識することができます。紙の請求書の場合では、押印されている社印が正当性を示していますが、それは法務局に印鑑登録されていることを暗黙の前提としているからです。
このようなeシールを発行・管理する民間事業をトラストサービスとよび、国が監督することを想定しています。
●先行しているEU
実はeシールの原点はEUのトラストサービスの規制(eIDAS規則)にあります。eIDAS規制は2014年7月に制定され、2016年7月からEU全域で施行されているもので、電子取引が紙文書と同じような法的効力を持つことを目的として、eシールをはじめ、電子本人認証(eID)、電子署名、タイムスタンプ、その他の認証証明の規格です。トラストサービスは民間の事業者が提供するものですが、その事業者の適格性を評価する専門機関が存在します。お墨付きを得た事業者のリストはトラステッドリストと呼ばれ、一般に公開されます。
●わが国の遅れ
ひるがえってわが国では、2018年頃から総務省で「プラットフォームサービス」の研究会が開始されましたが、eシールに関わる検討は2019年にようやく報告書(※2)に記載されるようになりました。このような遅れから、わが国では民間事業者がそれぞれ独自の基準で認証サービスを開始している状況です(※3)。
●ようやくスタートラインに
総務省では2023年度末に、総務大臣によるeシールの認定制度の創設等の構想をまとめ、eシールに係る技術・運用上の基準を示した「eシールに係る指針」を改正したばかりです(※4)。
タイトルの「eシールに係る認定制度の関係規程策定のための有識者会議」はこういう状態からスタートします。この会議では、eシールの認定制度に必要な制度・規制を洗い出し、総務省告示の形で実現しようとしています。目標は今年度中の運用開始なので、けっこう急がれる話です。
●議論のしかたの違い
EUの議論の仕方はまずEU内の電子商取引はこうあるべきという理想(目標)を明確にし、階層に沿って現実の規制を新設・変更してゆく流れが見えます。そこにはEU内の多くの国を説得するための段取りが暗黙のうちにできあがっているようです。
おそらくeIDASという先例がなければ、わが国のトラストサービスの議論はただ抽象論を重ねるだけか、あるいはひどく矮小な形だったのではないかと想像します。理想から現実に落としていく明確で透明性のある議論プロセスが存在しない、あるいはわかりづらいと言えます。
トラストサービスとかeシールの話にとどまらず、海外から真似すべきはそういう構想の作り方、すり合わせ方ではないかと強く感じます。マイナンバーカードを含めて、トップダウン(国の理念と方針の提示)とボトムアップ(現場課題の列挙)の突き合わせと調整がどうもうまくいっていないのも同根でしょう。■
※1 総務省「トラストサービスの概要」 https://www.soumu.go.jp/main_content/000684847.pdf
※2 「プラットフォームサービスに関する研究会 中間報告書(案)」(2019.02.13) https://www.soumu.go.jp/main_content/000600599.pdf
※3 「トラストサービスの在り方を検討するにあたって」(2019.10.11) https://www.soumu.go.jp/main_content/000649690.pdf
※4 「eシールに係る指針(第2版)(案)」(2024.03.04) https://www.soumu.go.jp/main_content/000932049.pdf